三 権 分立。 三権分立とは?

司法権の独立とは?三権分立と司法権の独立の重要性について解説!

三 権 分立

さらに重くなる司法の役割 三権分立は、「国民の常識」である。 小学校6年で習う。 中学3年の「社会(公民的分野)」では、さらにくわしく勉強する。 民主国家では、国権を立法権・行政権・司法権に分け、別の機関が担う。 フランスの思想家モンテスキューが著した「法の精神」が、その思想の大きな源だということも教えてくれる。 三権分立は、教科書的には、民主主義のイロハのイなのだ。 日本国憲法もそれを次のように規定している。 国会は国政調査権を有する(62条)。 衆議院は内閣不信任案を可決できる(69条)。 内閣総理大臣は、衆議院を解散することができる(54条、ただし明文はない)。 内閣は最高裁判所の裁判官を任命する(79条)。 最高裁判所は「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限」を有する(81条)。 国会は罷免の訴追を受けた裁判官を裁判する弾劾裁判所を設置する(64条)。 権力の絶対化を防ぐ なぜ、三権分立なのか。 この答えも、「国民の常識」に属するかもしれない。 国家権力の絶対化を防ぐため、である。 国権を三つに分け、相互にチェックと均衡を働かせようというわけだ。 だが、現代の国家を考えるとき、「常識」から踏み出さなければならない。 モンテスキューや彼に先立つジョン・ロックらの思想家にとっては、いかに君主権力の恣意(しい)的な支配へ対抗するかが課題だった。 最大の足場が議会だった。 法律を制定する権力(議会)とそれを執行する権力を分離し、市民(モンテスキューの場合は、むしろ貴族階級)の利益を擁護することが目指された。 こうした思想系譜から、近代憲法が生まれた。 日本国憲法も、その流れの中にある。 国家権力の乱用を防ぐことはいまも重要な課題である。 だが、もともと君主権力に対抗する論理だった三権分立の理念が、現代、どこまで有効かは問われていい。 国家が国民生活のさまざまな領域にまでかかわる福祉国家の誕生以降、行政は肥大化の一途をたどった。 モンテスキューやロックの時代と違い、現代国家では、行政が主役である。 立法は、あえていえば、行政のためにある。 少なくとも両者は不可分といっていい。 たとえば、医療保険という厚生行政の一分野を考えてみよう。 多くの難問をかかえる医療保険は抜本的改革の緊急性がいわれて久しい。 ここでは「この仕事は立法権の範囲、あの仕事は行政権の領分」という分割は意味がない。 医療保険は現代日本社会において欠かせない役割を果たしている。 まず最初にこの不可欠な制度をいかに存続させるかについての明確な政策決定が必要だ。 それに従って現行法を改正するなり、新たな法律を整備することになる。 日本は議院内閣制をとっている。 議院内閣制はアメリカ型大統領制と違って、もともと明確に三権が分立しているとはいいがたい。 行政権を担う首相には国会多数党の党首が選ばれる。 国務大臣の過半数は国会議員でなければならない(実際には国会議員がほとんどだ)。 英国の議院内閣制についてのW・バジョットの指摘を借りれば、そもそも「立法権と行政権の融合」がみられる(「イギリスの国家構造」)。 それでは、民主的な政治制度としてアメリカ型大統領制に比べて議院内閣制が一段劣るのか。 ことはそう単純ではない。 チェック役は野党 議院内閣制における「立法権と行政権の融合」は、医療保険についてふれた際に使った言葉でいえば、つまりは政策決定権力である。 議院内閣制のもとでは、この権力を監視し、チェックするのは国民の代表が集う国会における野党の役割である。 国民は最終的には選挙の場で、ここに加わる。 自民党長期政権が続いた戦後日本では、こうした機能が十分に果たされてこなかった。 決定された政策の執行は行政府が分担する。 官僚が、その担い手である。 現実には多くの情報と知識・経験を有する官僚組織が政策決定権力をリードしてきた。 いま、しきりに「政治主導」の必要性が語られている。 既得権益の配分では立ち行かなくなった現実が背景にある。 政治主導は政策決定権力の「自立化」を意味する。 その実現は日本政治にとって今後の大きな課題だろう。 最後に司法権にふれなければならない。 違憲立法審査権に関しては、裁判所の消極的な態度がしばしば批判されてきた。 法の下における平等に反するとして尊属殺人の重罪規定を違憲とした1973年の最高裁大法廷判決などごく少数の例外を除いて、「伝家の宝刀」が有効に発揮されたケースはない。 「立法府の裁量」が、消極姿勢の論理である。 しかし、立法権と行政権が融合した現代の肥大行政国家の中で、政策決定権力をチェックするとともに、行政府の政策執行のあり方をただす意味で、司法権の役割は今後ますます重要になる。 司法改革も何よりもこの方向を推進するものでなくてはならない。

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考えよう憲法:23 三権分立 現実は「政策決定権力」

三 権 分立

三権分立とは? (モンテスキューの肖像 出典:Wikipedia) 三権分立とは、 フランスの哲学者である モンテスキューがその著書 『法の精神』において説いたものです。 彼の三権分立の考えは フランス人権宣言にも影響を与え、現在までも各国でその制度が取り入れられています。 三権分立は 国家権力を司法・立法・行政の3つに分けることで権力の集中を防ぎ、三権がお互いに監視し合うことで権力の暴走を防ぐことを目的としています。 モンテスキューが登場する前の時代では王様が絶対的な権力を持ち、国を支配していました。 いわゆる 絶対王政です。 このような社会では人権は全くと言っていいほど考えられていませんでした。 従って三権分立によって国家権力を分散するということは、人権を守ることにもつながっています。 それでは、三つの権力のそれぞれについて見ていくことにします。 権力の行使は法律に則っていなければなりません。 例えば誰からどんな理由でどれくらい税金を納めてもらうのか、どんなことをすれば犯罪とされどのような罰を受けるのか、は法律で定められています。 法律の根拠もなく、その時のお店の人の気分によって消費税が変わったりすると困りますね。 ですからそのようなことは全て法律で定められているのです。 立法権は国会が持っています。 国会議員の仕事は「法律を作ること」。 このあと説明する行政権や司法権の行使にも法律は大きく関わってきます。 どちらも法律を根拠に活動するからです。 従って日本国憲法では「国会を唯一の立法機関であり、 国権の最高機関である」と定義しています。 政治とは利害調整や意思決定を行い、法律によって決められたことを実行していくことです。 行政権は内閣が持っています。 内閣は行政権の行使として集めた税金を何に使うのか、景気を良くするためにどんな対策をするのか、あるいは災害が起きた際に被災者支援をどうするのか、などを決断していきます。 税金の使いみちは予算案として国会に提出し承認されることで効力を持ちますし、被災者の復興支援のための法律も国会で可決されて初めて意味のあるものになります。 裁判は個人同士の争いや、犯罪行為、国家により損害を受けた場合の賠償請求など多岐に渡ります。 司法権は裁判所が持っています。 裁判官は法律を根拠に判決を下していきます。 しかし、法律の条文には詳細まで書いてあることは少ないですし、時代によって考え方も変わってきます。 過去の判例も参考にしながら法律に則って判断をしていくのが裁判所の役割になります。 三権の相互関係 (日本国憲法下の権力分立 出典:) 三権はそれぞれお互いにチェックし合う機能を持っています。 ここではそれぞれ2つの権力間でどのような体制が敷かれているかを見ていきます。 内閣の長である内閣総理大臣は国会議員の中から国会によって選ばれ、内閣を構成する国務大臣の半数は国会議員から選ばれないといけないからです。 この国会の信任に基づき内閣が成立する制度を 議院内閣制といいます。 国会は内閣を信任するだけではなく、不信任することもできます。 不信任とは今の内閣ではダメだから辞めさせるということ。 つまり信用できない行政権(内閣)を立法権(国会)は辞めさせることができる、ということです。 内閣不信任決議は国会の中でも衆議院のみで行われます。 衆議院によって不信任となった内閣は「総辞職するか」「衆議院を解散するか」選択することになります。 衆議院を解散すれば、総選挙を行うことになり、その選挙で内閣を支持する人が多数当選できれば、再び同じ人が内閣を組織することも可能になります。 不信任決議とは関係なく、内閣は 衆議院を解散することができます。 これは不信任決議とは逆に立法権(国会)を行政権(内閣)が辞めさせることができるということです。 このように立法権と行政権はお互いに相手を辞めさせることが可能なのです。 これは憲法に違反する法律は無効だと裁判所が審査することです。 法律は国会で作られますが、どんな内容でも構わないというわけではありません。 法律より上位のルールに当たる憲法に違反しているものは、国会で成立したとしても無効になってしまうのです。 この役割から裁判所は 憲法の番人とも呼ばれます。 一方、司法権(裁判所)に対する立法権(国会)の機能は 弾劾裁判です。 これは裁判官に職務違反や非行があった場合、国会において弾劾裁判所が開かれ裁かれるというものです。 裁判官を裁判所で裁こうとすると、身内のことになるので裁判そのものに不正が起こる可能性があります。 それを防ぐための処置です。 指名とは誰にその職に就いてもらうのか決めること、任命とは任務に就くよう命じることなので、いわゆる辞令交付など正式に職務に就くのが任命ということになります。 逆に司法権(裁判所)は行政権(内閣)に対して 行政処分の違憲・違法審査を行います。 法律よりも下位に存在するルールとして政令というものが存在します。 これは内閣が制定するルールです。 政令が憲法や法律に違反していないか、あるいは行政の判断が憲法に違反していないか裁判所が判断します。 三権と国民 国家権力を三つに分割し、それぞれに監視させるだけではなく、主権者である国民にも三つの権力を監視する体制が整っています。 立法権(国会)に対して国民は 選挙という手段で関わっていきます。 国民からの信頼や支持を失った議員は次の選挙で落選してしまうので、そうならないように国や国民のためを思った仕事をしていかないといけません。 行政権(内閣)に対しては 世論調査による国民からの支持率がチェック機能の役割を果たしています。 支持率の低い内閣では、与党が次の選挙で勝てないので首相を交代する可能性が高くなります。 また、そもそも内閣総理大臣も国務大臣の過半数も国会議員から選ばれているので、国会議員選挙での投票という行為が国民からすると立法権と行政権への権利行使やチェック機能になっています。 立法権(裁判所)には最高裁判所裁判官の 国民審査があります。 裁判官としてふさわしくないと思われる人物を投票によって罷免することができます。 国家権力の分割と相互監視だけでなく、これらの国民のチェックも含めて三権分立と言えるでしょう。 まとめ.

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三権分立とは|三権分立の意味についてわかりやすく解説

三 権 分立

この記事はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2009年12月) 四権(しけん)とは、階級としての「第四階級」の誤用から生まれた造語であり、・・・の四者のの総称 ではない。 の思想家で政治家のが、のことを 第四階級 Fourth Estate と呼んだのが最初とされ、このときは国王(または聖職者)・貴族・市民の三身分に次ぐ社会的勢力という意味であった。 これはのちに(無産階級)を指す言葉にもなった。 日本ではが第四権力という言葉を定着させた。 ただし、シュレベールの目次や小見出しには「第四の権力」という言葉は出てこないうえ、本の原題は『LE POUVOIR D'INFORMER(情報権力)』である。 また、の元であったは、その著書「『第五の権力 - Googleには見えている未来』」にてのことを 第五の権力と述べている。 これは、やなどの発端がSNSであったことに由来する。 参考文献 [ ]• F・ウィリアムズ著、上原和夫・志賀正照訳『脅かす第四階級:ここまで来た言論』(有紀書房、1958)• エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン著、櫻井祐子訳『「第五の権力」- Googleには見えている未来』(ダイヤモンド社、2014) 関連項目 [ ]• この項目は、に関連した です。 などしてくださる()。

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