三菱 東京 ufj 銀行 札幌。 札幌支店 | 三菱UFJ銀行

三菱UFJ銀行

三菱 東京 ufj 銀行 札幌

1919年(大正8年)設立。 岩崎彌太郎によって創設された九十九商会を発祥とする 「三菱合資会社銀行部」が前身。 「社会への貢献、フェアプレー、グローバルな視野」 岩崎彌太郎によって創設された九十九商会を経て、1880年に三菱為替店が誕生。 これが三菱銀行の始まりである。 その後、三菱合資会社 銀行部などを経て、1919年(大正8年)、三菱銀行設立。 日本の産業、近代化を支え続けた。 「企業の私的利益に甘んずることなく外国資本と対等に競争し、国民の期待に応える」という岩崎彌太郎の気概は、「三綱領」として、現在まで受け継がれている。 貿易の進行と取引の円滑化のため、世界各国に拠点を 持っていた「横浜正金銀行」が前身。 「国際金融のパイオニア」 1880年(明治13年)、貿易の振興と取引の円滑化をめざして、横浜正金銀行が設立。 1884年(明治17年)に開設したロンドン支店を皮切りに、サンフランシスコ、ニューヨーク、ブエノスアイレス、シアトル、パリ、ベルリンなど、世界各国に拠点を拡大しつづけた。 結果、イギリスのチャータード・マーカンタイル銀行、香港上海銀行と並ぶ、世界三大貿易銀行と称される。 その後も海外ネットワークの開拓に懸命な努力を重ね、グローバルビジネスの先導者でありつづけた。 その実績と使命を受け継ぎ、戦後日本の国際金融を牽引するため、1946年(昭和21年)に設立されたのが、東京銀行である。 国際金融市場における卓越した金融機能とノウハウは、現在の三菱UFJ銀行に脈々と受け継がれている。 大阪を中心として、関西圏の商業・生活に深く根付いた 「三十四銀行」「山口銀行」「鴻池銀行」の 合併により誕生。 「ピープルズ・バンクを貫く」 1933年(昭和8年)、三十四銀行・山口銀行・鴻池銀行の合併により、三和銀行が誕生。 この三銀行は、いずれも明治初期に設立され、大阪を中心とした関西圏に深く長く根付き、商業だけでなく、個人のお客さまにも高い実績があった。 そこには、公共的な立場から幅広い取引層を持ち、国民大衆とともに歩み、ともに発展する銀行、「ピープルズ・バンク」という理念がある。 高度経済成長期の重化学工業化や国際化においても、関連の中小企業をも含めた、裾野の広い取引に努めるとともに、「世界の人々のお役に立つ銀行」をめざした国際業務を展開。 またリテール分野において、ネットサービス預金や暮らしのローンサービスなど、当時としては非常に斬新なサービスを開発・提供していた。 「あらゆる人々のお役に立つ銀行でありたい」という三菱UFJ銀行の姿勢は、ピープルズ・バンクから生まれている。 愛知県内で高い実績を残してきた 「愛知銀行」「名古屋銀行」「伊藤銀行」の 合併により誕生。 「愛され、親しまれ、頼りにされる場所へ」 1941年(昭和16年)、愛知県内で明治時代から高い実績を残してきた愛知銀行、名古屋銀行、伊藤銀行の3行が合併し、東海銀行が創設。 創設当初から、愛知県下唯一の本店都市銀行として、地域の産業と人々の暮らしを支えるために、なくてはならない使命を担っていた。 また東海銀行は、経済・社会がどう変わろうとも、お客さまのお役に立ち信頼を得ていくことを第一義とする、ピープルズ・バンクを標榜。 しかし、設立半年後に第2次世界大戦が勃発。 戦後の復興期をようやく乗り越えた昭和34年には、死者・行方不明者4,400人余りという伊勢湾台風に襲われるが、大災害にも地元の復興に尽力し、未来を切り開くことができた。 そこには、地域の人々から愛され、親しまれ、頼りにされる銀行をめざす、強い信念があった。 その信念を引継ぎ、三菱UFJ銀行は、人のため、地域のために信頼される銀行をめざしつづけていく。

次の

沿革

三菱 東京 ufj 銀行 札幌

日本最北の政令指定都市である「札幌市」。 北海道の中心都市であり、近年はJR札幌駅近隣の再開発等も行われ、大きく変貌を遂げております。 当店は札幌市の玄関口である「JR札幌駅南口」から駅前通りを大通り方面に進み徒歩2分、右手札幌国際ビル1F、2Fにございます。 また、「地下鉄さっぽろ駅」の8番出口に直結しておりますので、雪の日もJR・地下鉄から屋外に出ずご来店頂けます。 当店では金融資産の運用のみならず、専門知識を活かし、ご相続対策やローン・不動産などについて、お客様のニーズに沿ったご提案をさせて頂いております。 昭和28年11月の支店開設以来、北海道の皆様にご愛顧を頂いている事を深く感謝すると共に、これからも皆様のご来店を心よりお待ち申し上げております。 ご来店日時等は、お電話にてご相談ください)。 ・個人のお客さまが対象となります。 ・新規口座の開設や定期預金の満期等のお手続きは後日郵送でのお返しとなります。 ・窓口では普通預金を含め現金、小切手等による出金のお手続きは承っておりません。 ・公共料金、税金の納付、証券代行(株式にかかる各種お手続き、配当金のお受け取り等)、振込、両替はお取扱いしておりません。 ・ご相談内容によりましては、承ることができない場合がございます。 ・12月31日は9:00~17:00までATMをご利用いただけます。 ・ATM営業時間内でのお取引ごと 入出金・残高照会等 のご利用可能時間帯・手数料については、でご確認ください。

次の

三菱UFJ銀行

三菱 東京 ufj 銀行 札幌

1919年(大正8年)設立。 岩崎彌太郎によって創設された九十九商会を発祥とする 「三菱合資会社銀行部」が前身。 「社会への貢献、フェアプレー、グローバルな視野」 岩崎彌太郎によって創設された九十九商会を経て、1880年に三菱為替店が誕生。 これが三菱銀行の始まりである。 その後、三菱合資会社 銀行部などを経て、1919年(大正8年)、三菱銀行設立。 日本の産業、近代化を支え続けた。 「企業の私的利益に甘んずることなく外国資本と対等に競争し、国民の期待に応える」という岩崎彌太郎の気概は、「三綱領」として、現在まで受け継がれている。 貿易の進行と取引の円滑化のため、世界各国に拠点を 持っていた「横浜正金銀行」が前身。 「国際金融のパイオニア」 1880年(明治13年)、貿易の振興と取引の円滑化をめざして、横浜正金銀行が設立。 1884年(明治17年)に開設したロンドン支店を皮切りに、サンフランシスコ、ニューヨーク、ブエノスアイレス、シアトル、パリ、ベルリンなど、世界各国に拠点を拡大しつづけた。 結果、イギリスのチャータード・マーカンタイル銀行、香港上海銀行と並ぶ、世界三大貿易銀行と称される。 その後も海外ネットワークの開拓に懸命な努力を重ね、グローバルビジネスの先導者でありつづけた。 その実績と使命を受け継ぎ、戦後日本の国際金融を牽引するため、1946年(昭和21年)に設立されたのが、東京銀行である。 国際金融市場における卓越した金融機能とノウハウは、現在の三菱UFJ銀行に脈々と受け継がれている。 大阪を中心として、関西圏の商業・生活に深く根付いた 「三十四銀行」「山口銀行」「鴻池銀行」の 合併により誕生。 「ピープルズ・バンクを貫く」 1933年(昭和8年)、三十四銀行・山口銀行・鴻池銀行の合併により、三和銀行が誕生。 この三銀行は、いずれも明治初期に設立され、大阪を中心とした関西圏に深く長く根付き、商業だけでなく、個人のお客さまにも高い実績があった。 そこには、公共的な立場から幅広い取引層を持ち、国民大衆とともに歩み、ともに発展する銀行、「ピープルズ・バンク」という理念がある。 高度経済成長期の重化学工業化や国際化においても、関連の中小企業をも含めた、裾野の広い取引に努めるとともに、「世界の人々のお役に立つ銀行」をめざした国際業務を展開。 またリテール分野において、ネットサービス預金や暮らしのローンサービスなど、当時としては非常に斬新なサービスを開発・提供していた。 「あらゆる人々のお役に立つ銀行でありたい」という三菱UFJ銀行の姿勢は、ピープルズ・バンクから生まれている。 愛知県内で高い実績を残してきた 「愛知銀行」「名古屋銀行」「伊藤銀行」の 合併により誕生。 「愛され、親しまれ、頼りにされる場所へ」 1941年(昭和16年)、愛知県内で明治時代から高い実績を残してきた愛知銀行、名古屋銀行、伊藤銀行の3行が合併し、東海銀行が創設。 創設当初から、愛知県下唯一の本店都市銀行として、地域の産業と人々の暮らしを支えるために、なくてはならない使命を担っていた。 また東海銀行は、経済・社会がどう変わろうとも、お客さまのお役に立ち信頼を得ていくことを第一義とする、ピープルズ・バンクを標榜。 しかし、設立半年後に第2次世界大戦が勃発。 戦後の復興期をようやく乗り越えた昭和34年には、死者・行方不明者4,400人余りという伊勢湾台風に襲われるが、大災害にも地元の復興に尽力し、未来を切り開くことができた。 そこには、地域の人々から愛され、親しまれ、頼りにされる銀行をめざす、強い信念があった。 その信念を引継ぎ、三菱UFJ銀行は、人のため、地域のために信頼される銀行をめざしつづけていく。

次の