読み たい こと を 書け ば いい。 読みたいことを、書けばいい。

「読みたいことを、書けばいい。」初耳学・林修先生おすすめ本の内容は?田中泰延の経歴も

読み たい こと を 書け ば いい

今日は半休。 仕事帰り、久しぶりに本屋に立ち寄った。 本屋に立ち寄るまでは 家に帰ったら、家事をやってゲームでもして…と考えていたのに、厳禁なものだ。 本屋をみた途端、急に本を読みたいモードに変わった。 店内に入ると所狭しと、本が立ち並んでいる。 普段わたしはKindleで大体のことは済ませてしまうので、本屋に立ち寄ることそのものが久しぶりだった。 本屋での醍醐味は本のなかみをただ見るだけでなく、ジャケットに触れて選ぶのが楽しかったりもするのだ。 何ページがパラパラとめくりながら本を選んでいると 「最近文章について考えることが多いから、文章に関連する本でもみてみよう」とふと思い立った。 そしてよくある文章術や、まとまった文章の書き方など見ていると、一冊の本に目が止まってしまった。 タイトル「読みたいことを、書けばいい。 」 ん?読みたいことを、書けばいい。 多くの人が相手に伝わる文章を書きなさい。 推敲しなさいと具体的なメソッドを伝えているのに対して 「読みたいことを書けばいい」というキャッチフレーズ的なタイトルに目が奪われてしまった。 たしかに読みたいことを、書けばいい この本のタイトルにはそう書いてあった。 気づいたら、わたしはまんまと(?) このキャッチコピーにやられ、 「ありがとうございます。 家に帰り、とりあえず溜まっていた分の洗濯物をまわして干したあとわたしはこの本を手に取った。 そもそも読みたい文章とは何なのか。 わたしなら自分とは違う世界観を持っている人の話しや、為になる人の話しなどを読んでみたい。 それにしても1番気になったのは 「読みたいことを、書けばいい。 」 そんなことを言う人はどんな人なのかということだった。 この田中泰延(たなかひろのぶ)という作者は、電通という広告会社に勤めていたそうだ。 24年という長い時間を広告をつくることに捧げてきたこのひとは言葉のプロなのだと思った。 本のなかにも書かれているが、テレビのCMや電車の広告はわずかな限られた時間で、みる人の心を捉えて注意を魅かなければいけない。 そのためにキャッチコピーや、有名な人を雇用した上でのテーマがあるのだろう。 いかにして、読んでもらうひとの注意を魅くかということは本当に難しい。 文章を書くときには何について伝えたいのかテーマを決めて書き始めるのだが、結局じぶん自身でも何が書きたいのか分からず何となく終わってしまうことも多い。 わたしのnoteの下書きには、書いて中途半端になっている下書きが20記事はある。 出だしはスラスラと書けていたものも、 書いているうちに結局何について書いていたのか分からなくなったり、起承転結がぐちゃぐちゃになることもある。 文章を書くというのは 簡単なようで難しいのだ。 だからこそ原点に戻って 《読みたいことを、書けばいい。 》と言われているような気持ちになった。 もうひとつこの本が面白いと思ったのには、 理由があって相手に読んでもらうための(あるいは興味を持ってもらえる記事になる)具体的なエピソードが書かれていた点だ。 読みたいと思う文章を書くときは、ただガムシャラに書きたいことを書くことが多い。 それはあくまでも自分のためなのである。 ただ何かを伝えたいと思うから、 きっとあーでもない、こーでもないと文章を見つめ直し全体的に筋が通っているのか見直すこともあるのではないか。 そうやって文章は生まれる。 生まれた文章を読んでくれる読み手のひとは、その文章から何か自分と相手のあいだに共通項を見つけ、これは面白そうだという興味を持ってくれる。 そうして惹かれるものがあるから読み進めてくれるのだと思う。 もちろん、興味を持つ対象は人によって異なる。 けれども何かしらの「楽しそう」「読んでてワクワクする」などメリットを感じるからこそ記事を読んでくれるのではないだろうか。 -------------------- 本書のなかに文書術コラムというものがある。 そのなかに履歴書の書き方というコラムがあるのだが、 そのなかに「エントリーシートとはキャッチコピーなのだ」という内容がある。 それは例えば自己PRで「トラック運転手」と書いたならば相手から「どうしてトラック運転手なのですか?」と聞いてもらえる。 興味とは、こちらから一方的に話すのではなく 向こうから聞いてきてもらえる環境を作ることなのだと思った。 なるほどー、読みたい文章とは 読み手が「それで、それでどうなるんですか?」と聞いてもらえるような文章なのだなと思った。 言葉というのは、その言葉の使い方によって 相手への伝わりかたが変わるものだと感じる。 どんな風に相手に届けたいのか 結局なにが言いたいのか 読みたいことを書くというのは 入念な下調べも入りそうだけれど、 書き終えたときには達成感も得られるものなのだなと感じた。 それにしても、どんな文章や映画に触れてきたかによってその人が放つ言葉の意味やニュアンス変わるのは本当なのだと思った。 この田中泰延さんは学生時代6000冊以上も本を読んでいるらしい。 この方の言葉は明確にわかりやすく、心に届いてくる。 文章術を具体的に指南してくれる本ではないけれど、考えかたや本を読む大切さ、言葉選びのコツなどを教えてもらえたように思う。 それに比べてわたしは空いた時間にちょこちょことしか読めていない。 今度の休みには図書館にこもってみようかしらと思つた。

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書評「読みたいことを、書けばいい。」(田中泰延)|西原雄一|note

読み たい こと を 書け ば いい

レビュー 現代はブログやSNSなどで、自分の書いた文章をいとも簡単に、無料で発表できる時代である。 インターネットの舞台では、だれでも爆発的な反響を起こすことがあり得る。 さまざまな思惑をもった書き手が増えるとともに、文章術の本も多く刊行されている。 本書も、現代の書き手たちを読者に想定しているものではあるが、いわゆるノウハウ本とは一線を画している。 『読みたいことを、書けばいい。 』というタイトルの真意は、自分の好き放題書けばいいということとは本質的に異なる。 その真意は、「自分で読んでおもしろくなければ、書くこと自体が無駄」「だれかがもう書いているなら読み手でいよう」というメッセージからもうかがい知れる。 タイトルは、シンプルなアドバイスに思えるかもしれない。 けれど、シンプルに集約されているそのことを、実現しようとすると簡単にはできない。 続けていこうとするとさらに難しい。 本書の随所からは、「書く」ということに苦しみ、それでも「書く」という著者の姿が浮かびあがってくる。 本書のテンポのよい筆致には皮肉あり、ユーモアありで、さらさら読み進めてしまう。 けれど、読者を笑わせかき乱しながら、発しているメッセージは骨太の文章論そのものだ。 本書は数多ある文章のノウハウ本を差し置き、発行部数16万部を突破した。 それだけ多くの人が、書くにあたってのノウハウやテクニックの限界に、気付いたということである。 田中 泰延 たなか ひろのぶ 1969年大阪生まれ。 早稲田大学第二文学部卒。 学生時代に6000冊の本を乱読。 1993年株式会社 電通入社。 24年間コピーライター・CMプランナーとして活動。 2016年に退職、「青年失業家」を自称しフリーランスとしてインターネット上で執筆活動を開始。 webサイト『街角のクリエイティブ』に連載する映画評「田中泰延のエンタメ新党」「ひろのぶ雑記」が累計330万PVの人気コラムになる。 その他、奈良県・滋賀県・福島県など地方自治体と提携したPRコラム、写真メディア『SEIN』連載記事を執筆。 映画・文学・音楽・美術・写真・就職など硬軟幅広いテーマの文章で読者の熱狂的な支持を得る。 「明日のライターゼミ」講師。 本書が初の著書。 お金が欲しい。 成功したい。 そのような考え方で書く文章は、人には読んでもらえないだろう。 本書は、そうした空虚な目標に向かったり、そのための文章術を紹介したりするものではない。 「書くことの本来の楽しさと、ちょっとのめんどくささ」を知ってもらいたいという気持ちで著すものである。 まず理解しておきたいことは、「文書」と「文章」の違いだ。 「文書」は問題解決や目的達成のために書かれるもので、レポート、論文、メール、報告書、企画書などがこれに該当する。 端的にいえば、業務用である。 一方の「文章」は、「書きたい人がいて、読みたい人がいる かもしれない 」という性質のものだ。 ネットを開けば目に入る、ブログやコラム、FacebookやTwitterの投稿なども「文章」である。 そしてさらにいえば、それらの文章の正体は「随筆」である。 「随筆」を、著者は「事象と心象が交わるところに生まれる文章」と定義する。 「事象」とはあらゆるモノ、コト、ヒト、つまり個人が見聞きしたことや知ったことである。 「事象」に触れて心が動き、書きたくなる気持ちが生まれることが「心象」だ。 書きたい人や読みたい人が多くいるボリュームゾーンは、じつはこの事象と心象について書く「随筆」なのである。 書く文章の「分野」を知る 世の中には事象を中心に記述した文章も、心象を中心に記述した文章もある。 前者のタイプの文章は「報道」や「ルポルタージュ」と呼ばれ、後者は「創作」や「フィクション」と呼ばれていて、それぞれ随筆とは異なる分野の文章である。 「ライターになりたい」という人でも、自分が書いていこうという分野に無自覚な人は多い。 ネットになにかを書いて読者の支持を得ようという、いま一般にいわれる「ライター」志望の人は、まず「随筆」という分野で文章を綴っているのだと自覚すべきである。 例えば映画を評論しようとして、事象寄りに振れてあらすじばかりを書いたり、心象寄りとなって感想だけ書いたりして終わってしまう人がいる。 定義をしっかり持っておけば、自分がいま、何を書いているかを忘れずにすむだろう。 【必読ポイント! 】 だれに書くのか ターゲットは想定しなくてよい 無数にある文章術の本には、このように書かれている。 「読む人はだれかをはっきりさせて書きなさい」。 いわゆる、「ターゲット」ということについてである。 しかし、その「ターゲット」に言いたいことが「届く」ことなど、そんなにあるだろうか。 著者が24年間働いた、まさにターゲット論の世界である広告業界においても、メッセージはテレビや新聞など不特定多数が目にするところに「置かれる」だけだ。 「届けられる」のではない。 だからこそ、書くにあたっては、読み手など想定しなくていい。 その文章を最初に読むのは、間違いなく自分である。 自分で読んでおもしろくない文章なら、書いても無駄になるだろう。 だれかがもう書いているなら読み手でいよう 革新性 明瞭性 応用性 新しいアイデア、または従来のアイデアに新たな視点を提供できているか 用語・図解などの表現や論理構成が読者にわかりやすく提示されているか 日常業務において、読者が書籍の考えや概念を適用することができるか• 一般的によく知られている従来のビジネス知識の提示にとどまっている。 従来のビジネスの概念や知識に対して、新たな視点はほとんど見られない。 従来のビジネスの概念や知識が大部分を占めるが、いくつかの革新的なアプローチや視点を含む。 新しいメソッド、戦略、概念や視点が内容の大部分を占め、革新性に富む。 全く新しい洞察や視点、または独自のビジネスイノベーションのアイデアが提示されている。 難解な専門用語、長く複雑な文章、不明瞭な言い回しで書かれているうえ、非論理的。 難解な専門用語、長く複雑な文章、不明瞭な言い回しが多く、脆弱な論理構成となっている。 難解な専門用語には適切に注釈が書かれており、明瞭な文章で論理的に構成されている。 テーマを理解するのに役立つ用語説明、概念の図解を含み、論理構成は良く推敲されている。 テーマの理解を助ける用語説明や図解に富み、首尾一貫した強力な論理構成が展開されている。 日々の業務に応用できるようなアイデアやコンセプトはほぼ皆無で、理論的な洞察のみにとどまっている。 理論的な洞察と関連する実際の業務を結びつけるようなアイデアやコンセプトは限定的である。 理論的な洞察が大部分であるものの、いくつかの事例やチェックリストなどを含み、一定の応用性を有する。 多くのフレームワーク、チェックシート等のツール、およびケーススタディを伴う応用性の高いコンテンツを有する。 ビジネスシーンに関連性の高い多くの事例やケーススタディ、実践的なツールを含み、応用性が極めて高い。

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「読みたいことを、書けばいい。」初耳学・林修先生おすすめ本の内容は?田中泰延の経歴も

読み たい こと を 書け ば いい

今日は半休。 仕事帰り、久しぶりに本屋に立ち寄った。 本屋に立ち寄るまでは 家に帰ったら、家事をやってゲームでもして…と考えていたのに、厳禁なものだ。 本屋をみた途端、急に本を読みたいモードに変わった。 店内に入ると所狭しと、本が立ち並んでいる。 普段わたしはKindleで大体のことは済ませてしまうので、本屋に立ち寄ることそのものが久しぶりだった。 本屋での醍醐味は本のなかみをただ見るだけでなく、ジャケットに触れて選ぶのが楽しかったりもするのだ。 何ページがパラパラとめくりながら本を選んでいると 「最近文章について考えることが多いから、文章に関連する本でもみてみよう」とふと思い立った。 そしてよくある文章術や、まとまった文章の書き方など見ていると、一冊の本に目が止まってしまった。 タイトル「読みたいことを、書けばいい。 」 ん?読みたいことを、書けばいい。 多くの人が相手に伝わる文章を書きなさい。 推敲しなさいと具体的なメソッドを伝えているのに対して 「読みたいことを書けばいい」というキャッチフレーズ的なタイトルに目が奪われてしまった。 たしかに読みたいことを、書けばいい この本のタイトルにはそう書いてあった。 気づいたら、わたしはまんまと(?) このキャッチコピーにやられ、 「ありがとうございます。 家に帰り、とりあえず溜まっていた分の洗濯物をまわして干したあとわたしはこの本を手に取った。 そもそも読みたい文章とは何なのか。 わたしなら自分とは違う世界観を持っている人の話しや、為になる人の話しなどを読んでみたい。 それにしても1番気になったのは 「読みたいことを、書けばいい。 」 そんなことを言う人はどんな人なのかということだった。 この田中泰延(たなかひろのぶ)という作者は、電通という広告会社に勤めていたそうだ。 24年という長い時間を広告をつくることに捧げてきたこのひとは言葉のプロなのだと思った。 本のなかにも書かれているが、テレビのCMや電車の広告はわずかな限られた時間で、みる人の心を捉えて注意を魅かなければいけない。 そのためにキャッチコピーや、有名な人を雇用した上でのテーマがあるのだろう。 いかにして、読んでもらうひとの注意を魅くかということは本当に難しい。 文章を書くときには何について伝えたいのかテーマを決めて書き始めるのだが、結局じぶん自身でも何が書きたいのか分からず何となく終わってしまうことも多い。 わたしのnoteの下書きには、書いて中途半端になっている下書きが20記事はある。 出だしはスラスラと書けていたものも、 書いているうちに結局何について書いていたのか分からなくなったり、起承転結がぐちゃぐちゃになることもある。 文章を書くというのは 簡単なようで難しいのだ。 だからこそ原点に戻って 《読みたいことを、書けばいい。 》と言われているような気持ちになった。 もうひとつこの本が面白いと思ったのには、 理由があって相手に読んでもらうための(あるいは興味を持ってもらえる記事になる)具体的なエピソードが書かれていた点だ。 読みたいと思う文章を書くときは、ただガムシャラに書きたいことを書くことが多い。 それはあくまでも自分のためなのである。 ただ何かを伝えたいと思うから、 きっとあーでもない、こーでもないと文章を見つめ直し全体的に筋が通っているのか見直すこともあるのではないか。 そうやって文章は生まれる。 生まれた文章を読んでくれる読み手のひとは、その文章から何か自分と相手のあいだに共通項を見つけ、これは面白そうだという興味を持ってくれる。 そうして惹かれるものがあるから読み進めてくれるのだと思う。 もちろん、興味を持つ対象は人によって異なる。 けれども何かしらの「楽しそう」「読んでてワクワクする」などメリットを感じるからこそ記事を読んでくれるのではないだろうか。 -------------------- 本書のなかに文書術コラムというものがある。 そのなかに履歴書の書き方というコラムがあるのだが、 そのなかに「エントリーシートとはキャッチコピーなのだ」という内容がある。 それは例えば自己PRで「トラック運転手」と書いたならば相手から「どうしてトラック運転手なのですか?」と聞いてもらえる。 興味とは、こちらから一方的に話すのではなく 向こうから聞いてきてもらえる環境を作ることなのだと思った。 なるほどー、読みたい文章とは 読み手が「それで、それでどうなるんですか?」と聞いてもらえるような文章なのだなと思った。 言葉というのは、その言葉の使い方によって 相手への伝わりかたが変わるものだと感じる。 どんな風に相手に届けたいのか 結局なにが言いたいのか 読みたいことを書くというのは 入念な下調べも入りそうだけれど、 書き終えたときには達成感も得られるものなのだなと感じた。 それにしても、どんな文章や映画に触れてきたかによってその人が放つ言葉の意味やニュアンス変わるのは本当なのだと思った。 この田中泰延さんは学生時代6000冊以上も本を読んでいるらしい。 この方の言葉は明確にわかりやすく、心に届いてくる。 文章術を具体的に指南してくれる本ではないけれど、考えかたや本を読む大切さ、言葉選びのコツなどを教えてもらえたように思う。 それに比べてわたしは空いた時間にちょこちょことしか読めていない。 今度の休みには図書館にこもってみようかしらと思つた。

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