こう みょう たん。 みょうこう (護衛艦)

南部地方伝来のカキ 「妙丹柿(みょうたんがき)」

こう みょう たん

「歎仏頌」は、『無量寿経』というお経のなかの一節です。 真宗では「讃仏偈」ともいいます。 ともに「仏をほめたたえる歌」という意味です。 理解を深めるためには、をお読み下さい。 かっこ内の私訳は、 岩波文庫『浄土三部経(上)』の梵文和訳を参考にしていますので、必ずしも漢文にそった伝統的な読み方に一致していない部分もあります。 (1) 法蔵、仏の徳をほめたたえる こうげんぎ ぎ い じんむ ごく にょぜえんみょう む よ とうしゃ 光顔巍巍 威神無極 如是焔明 無与等者 (御姿まぶしく 徳かぎりなく その光明に 並ぶ者なき如来よ) にちがつまに しゅこうえんにょう かいしつおんぺい ゆにゃくじゅもく 日月摩尼 珠光焔耀 皆悉隠蔽 猶若聚墨 (日月も 宝珠の光も 御身に隠れ 墨玉のごとし) にょらいようげん ちょうせむりん しょうがくだいおん こうるじっぽう 如来容顔 超世無倫 正覚大音 響流十方 (如来の御姿 世に並ぶ者なく さとりは音として 十方に響き) かいもんしょうじん さんまいち え い とくむ ろ しゅしょうけ う 戒聞精進 三昧智慧 威徳無侶 殊勝希有 (戒・聞・精進 三昧・智慧の徳 並ぶ者なく すぐれたもう) じんたいぜんねん しょぶつほっかい ぐうじんじんのう くごがいてい 深諦善念 諸仏法海 窮深尽奥 究其涯底 (諸仏のさとりの 海のごときを 深く念じて 奥底をきわめ) むみょうよくぬ せ そんようむ にんのうし し じんとくむ りょう 無明欲怒 世尊永無 人雄師子 神徳無量 (愚かさと欲と怒り とわに御身になく 王の中の王にして 御徳はかりなし) く くんこうだい ち えじんみょう こうみょういそう しんどうだいせん 功勲広大 智慧深妙 光明威相 震動大千 (功徳は広大 智慧は深妙 その光明は 世を揺るがしたもう) (2) 法蔵、我も仏のごとくならんと、願を述べる がんが さぶつ ざいしょうほうおう か どしょうじ み ふ げ だつ 願我作仏 斉聖法王 過度生死 靡不解脱 (我も仏となり 御身のごとくに 生死を克服し 苦から解脱せん) ふ せ じょうい かいにんしょうじん にょぜさんまい ち え いじょう 布施調意 戒忍精進 如是三昧 智慧為上 (布施・精神統御と 戒・忍耐・精進と 禅定と 智慧とをめざさん) ご せいとくぶつ ふぎょうし がん いっさいく く い さ だいあん 吾誓得仏 普行此願 一切恐懼 為作大安 (仏となって この願を実現し おののく人に 大安をもたらさん) け し う ぶつ ひゃくせんのくまん むりょうだいしょう しゅにょごうじゃ 仮使有仏 百千億万 無量大聖 数如恒沙 (百千億万 無量の諸仏 砂の数ほど ましますならば) く よういっさい し とうしょぶつ ふ にょぐどう けんしょうふきゃく 供養一切 斯等諸仏 不如求道 堅正不卻 (それら諸仏に 供養するには 道を求めて 堅固不退なろう) ひ にょごうじゃ しょぶっせかい ぶ ふ か げ む しゅせつど 譬如恒沙 諸仏世界 復不可計 無数刹土 (砂の数ほど 諸仏の世界や 無数の国が ましますならば) こうみょうしっしょう へんししょこく にょぜしょうじん いじんなんりょう 光明悉照 遍此諸国 如是精進 威神難量 (その国々まで 光明を放たんとする この精進の 心は絶大なり) りょうが さ ぶつ こくどだいいち ご しゅき みょう どうじょうちょうぜつ 令我作仏 国土第一 其衆奇妙 道場超絶 (我、仏とならば 我が国は至高 民は絶妙 庭は超絶にして) こくにょないおん に む とうそう が とうあいみん ど だついっさい 国如泥洹 而無等双 我当哀愍 度脱一切 (国は涅槃のごとく 無双でありながら 我は慈悲をおこし 一切を救おう) じっぽうらいしょう しんねっしょうじょう いとうがこく けらくあんのん 十方来生 心悦清浄 已到我国 快楽安穏 (十方より来る者の心を 悦びに澄ませ 我が国に到れば 安楽を与えよう) (3) 法蔵、願の実現にむけて、仏の証しと守りを請う こうぶっしんみょう ぜがしんじょう ほつがんお ひ りきしょうしょよく 幸仏信明 是我真証 発願於彼 力精所欲 (我が願の実現を証明したまえ 我が証人である仏よ 仏に願を立て 精進いたす) じっぽうせ そん ち え む げ じょうりょうしそん ちがしんぎょう 十方世尊 智慧無礙 常令此尊 知我心行 (また十方の仏 智慧はてしなき方々よ 常に私の 心を知りたまえ) け りょうしんし しょく どくちゅう がぎょうしょうじん にんじゅうふけ 仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔 (たとえこの身 苦渋を舐め尽くしても 精進・忍耐して 成し遂げよう) ひとこと むかしある国に王があって、出家して法蔵と名乗りました。 法蔵は、「世自在王(世にみずからまします王)」という仏に、この歌をもって、誓いを述べました。 (1)まず、仏の比類なき徳をたたえます。 その徳として挙げられる属性は、智慧のすばらしさ、修行の成果です。 以下に述べられる法蔵自身の願と比べると、仏の内にたたえられた功徳が強調され、その救済力はあまり讃歎されていないのではないでしょうか。 (2)次に、法蔵自身の願が述べられます。 それは、世自在王仏のような徳を我が身にそなえようということ。 もろもろの仏を超えようということ。 それに、涅槃の国に住みながらも、十方の衆生を救おうということです。 (3)最後に、自身のたてた願が実現することを、仏が知ろしめしていることを願って、どんな苦をもいとわないことを誓います。 法蔵はこのあと、四十八の誓いをたて、修行を成就して、阿弥陀仏となるのです。 私たちが勤行において、阿弥陀仏の御前でこの「歎仏頌」をお読みするとき、どういう気持ちで読めばよいのでしょうか。 これを阿弥陀仏の物語の一節であると思って、いま目の前の阿弥陀仏は昔このように発願なさったのだなあと、阿弥陀仏の由来に思いをはせてお読みするのがよいのでしょうか。 それとも、自分にとっての阿弥陀仏と、法蔵にとっての世自在王仏を重ね合わせて、阿弥陀仏をたたえ、自分も法蔵のように願をおこす気持ちでお読みするのがよいのでしょうか。 法蔵は独力で阿弥陀仏になったわけではありません。 法蔵は世自在王仏を拝み拝み、精進をかさね、仏になったのでした。 法蔵と世自在王仏のこの関係は、私たちの信仰においても、非常に重要なのではないかと思います。

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こう みょう たん

妙香です、ナマステ。 春ですねノ お寺のもぼちぼち咲き始めました。 桜じゃないんだねぇ… 【現代語訳】 春の光は全てにおいて平等に降り注ぐ 花の枝に長短があるのは自然の摂理である *** この禅語は「平等」というものを2つの視点からとらえています。 前半部分…マクロな視点での平等。 後半部分…ミクロな視点での平等。 ほとけさまになぞらえるなら、前半のマクロな視点での平等がで、後半がって感じでしょうかねノ は、いわば「おひさま」です。 この世の隅々まで光を届ける存在です。 平等な世界観の象徴 の中心に描かれています。 は、 ひとりひとりが最も必要としている宝物を手渡す存在です。 多くの手があり、そこに様々な宝物を持っています。 【妙香による解釈と解説】 【】 全ての存在は、その命を輝かせるために必要な教えを、平等に受け取っています。 それを受け取って、 心の赴くままに駆け出し、大きく飛躍するのも良いでしょうし、 基盤を固め、現状に安息を見出すのも良いことです。 何故ならばそれは全て、自然の摂理にかなっているからです。 *** 世の流れとしては、大きな変革の時代だと言われています。 わたし個人としては、その流れに乗って自分を変革することに決めました。 でも、それは必ずしも「絶対的な正解」では無いと思っています。 ただ単に、わたしのエゴがそれを「好ましい・心地よい」と感じているだけです。 世の中には、過去の改革や流行に左右されなかったことで、脈々と現代に受け継がれているコンテンツもありますし、その恩恵を受けてこそ、いまの自分があります。 だから、長い目でみたら世の中には「大きな変革の波にのる人」と「そこに乗らずに淡々と一定のペースを貫く人」の両方必要なんだな…って思います。 「物事の本質の理解」と「現状への適切な判断」と「立場の違う相手への敬意」 これさえあれば、表面的な立場や状況は違えども、平等に宇宙の進化へ貢献 =仏への供養 をしている仲間なんだろうな… そんな気がします。 ******* って、長く伸びた枝から先に咲くわけでもないし、日当たりがよさそうなてっぺん辺りから咲き始めるわけでもないんですよね。 んで、一番最初に立派に膨らんだつぼみがそのまま綺麗に花を咲かせるわけでもないです。 そのままヘタって咲かなかったり、咲いても花弁のカタチが整ってなかったりする。 綺麗な花の条件って、一体なんだろう? 一番優れた咲き方って、存在するんだろうか? てかこれって、人間の生き方に置き替えることもできるかも… …そんなことを考えます。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 合掌 epa-hei.

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こう みょう たん

艦歴 [ ] に基づく平成3年度計画7200トン型護衛艦2315号艦 として、でに起工され、に進水、に就役し、第63護衛隊に編入され、に配備された。 就役後、リンク16のアンテナを追加装備している。 、横須賀で首脳会談のために来日した「」が「」艦上から本艦を観閲した。 アメリカ合衆国大統領が観閲した最初の自衛艦となった。 から翌年の間、イージスシステムの装備認定試験(SQT)のために派遣。 、より発射された大陸間弾道弾「」の軌跡をフェイズド・アレイレーダーにて探知し、米軍に重要な判断情報を提供した。 同年、で実施されたに護衛艦「」、「」とともに参加した。 から24日にかけて発生したに「はるな」、「」とともに出動した。 この事件では、初の「海上における」が発令された。 当時の航海長を指揮官とする臨検部署を発動し、を追跡した。 同年からの間、護衛艦「」、「」とともに米国派遣訓練に参加。 から7日間、北方で実施された不審船対処を目的とした射爆撃訓練でミサイル艇「」等の自衛艦10隻、航空機2機と共に旧曳船45号を標的として撃沈した。 、に基づきに派遣。 同年まで任務に従事しに帰国した。 からの間、護衛艦「」、「」とともに米国派遣訓練に参加。 、護衛隊改編により第3護衛隊群第7護衛隊に編入された。 からの間、機能付加に伴う装備認定試験のためハワイに派遣され、、 (SM-3)ブロックIAの発射試験(JFTM-3)を・沖で行い、予め時刻を知らされない条件下でから発射された模擬弾道ミサイルの迎撃に成功した。 には護衛艦「」、掃海母艦「」と共にに参加。 同年12月6日、が「人工衛星」と自称するに備え、護衛艦「」、「」と共に佐世保から出航し、と連携して迎撃態勢を整える。 同月12日、ミサイルは発射されるも領土内に落着する恐れがなくなったため、破壊措置命令の解除を受けて順次撤収した。 7月11日から13日までの間、10周年記念事業として近くの()で一般公開が行われ、約1万2000人が訪れた。 、第3護衛隊群第3護衛隊に編入。 8月13日から8月24日までの間、周辺から南方に至る海空域において米海軍空母「」ほか艦艇数隻と日米共同訓練を実施した。 現在も第3護衛隊群第3護衛隊に所属し、定係港は舞鶴である。 歴代艦長 [ ] 歴代艦長(特記ない限り) 代 氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考 1 保井信治 1996. 14 - 1997. 9 16期 みょうこう艤装員長 司令部作戦幕僚 2 鈴木英隆 1997. 10 - 1999. 9 防大18期 誘導武器教育訓練隊教育部長 兼 学生隊長 兼 研究室長 技術開発官 (誘導武器担当)付 3 井手剛一 1999. 10 - 2001. 26 防大19期 司令部幕僚 司令部幕僚 4 金子吉宏 2001. 27 - 2002. 19 防大21期 防衛部装備体系課 研究班長 海上幕僚監部人事教育部補任課 5 村田隆齋 2002. 20 - 2004. 29 防大21期 艦長 司令部首席幕僚 6 五島浩司 2004. 30 - 2006. 26 防大25期 人事教育部人事計画課 制度班長 兼 要員班長 防衛計画部計画課 防衛政策課 7 桑野弘道 2006. 27 - 2008. 24 防大27期 防衛部 第3幕僚室長 兼 第5幕僚室長 副長 就任時2等海佐、 2006. 1昇任 8 島村雄司 2008. 25 - 2010. 24 防大29期 司令部幕僚 教育第2部長 9 立川浩二 2010. 25 - 2012. 22 防大28期 司令部幕僚 司令部情報主任幕僚 10 松井陽一 2012. 23 - 2014. 25 防大29期 主任教官兼研究部員 呉海上訓練指導隊 11 松味利紀 2014. 26 - 2015. 29 ・ 41期幹候 海上幕僚監部人事教育部 人事計画課募集班長 海上幕僚監部人事教育部 補任課服務室長 12 夏井 隆 2015. 30 - 2016. 31 防大36期 第4護衛隊群司令部首席幕僚 海上幕僚監部人事教育部補任課 13 能勢 毅 2016. 1 - 2018. 19 司令部首席幕僚 沖縄海洋観測所付 14 牧 孝行 2018. 20 - 2019. 1 防大37期 護衛艦隊司令部勤務 護衛艦隊司令部勤務 15 2019. 2 - 防大40期 自衛艦隊司令部 兼 護衛艦隊司令部 脚注 [ ].

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