樹木 希林 本。 読書家・樹木希林さん「本は100冊しか持たない」ルールの理由(2020年4月27日)|BIGLOBEニュース

樹木希林

樹木 希林 本

樹木希林(きき きりん) 1943年1月15日 - 2018年9月15日 東京都神田区(現・千代田区)生まれの女優。 1961年に文学座付属演劇研究所入所。 「悠木千帆」名義で女優活動を開始。 1964年、森繁久彌主演のテレビドラマ『七人の孫』にレギュラー出演し、人気となる。 1966年に文学座を退団するが、多くのドラマ、映画、舞台に出演した。 2008年、紫綬褒章受章。 映画賞受賞歴多数。 2018年9月15日2時45分、東京都渋谷区の自宅で逝去。 死後刊行された『一切なりゆき』が100万部のベストセラーに。 2019年8月刊行の『9月1日 母からのバトン』も話題になる。 樹木希林のおすすめランキングのアイテム一覧 樹木希林のおすすめ作品のランキングです。 ブクログユーザが本棚登録している件数が多い順で並んでいます。

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樹木希林のきもの「家もきれいだけど、引き出しの中もきれいなのよ」輝く言葉

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文/印南敦史 十数年前、樹木希林とこんな会話をした。 本というのは、雑誌を含めて、溜りだすとすぐ大繁殖して家のなかを汚す。 自分の家は、いつも整理整頓、余分なものはなにも置かない、絵も写真も飾らない主義の希林さんに、本をどういう具合にしているのか、とたずねた。 答えは簡単だった。 「百冊以上は、家に置かないの。 あたらしく気に入った本、手元に置きたくなった一冊がでてきたら、百冊のなかの一冊を、人にあげてしまうの。 だから、いつも百冊」という返事だった。 ジャンル関係なく、自分の気に入った本しか読まない、大読書家で大女優のシンプルな考え方による蔵書システム。 (本書「まえがき」より引用) 『希林のコトダマ』(椎根和 著、芸術新聞社)の著者は、本書の冒頭にこう記している。 「平凡パンチ」「popeye」「anan」に関わった編集者であり、「Hanako」など雑誌創刊の編集長を歴任した経歴を持つ文筆家である。 樹木希林さんとは家族ぐるみのつきあいがあったという著者は、希林さんの一周忌が終わった直後、娘の也哉子さんに無理を承知でお願いをする。 希林さんの100冊の蔵書をすべて読みたいと。 そして残された100冊のうち98冊を読んでみて、18歳のころから亡くなるまでの57年間に希林さんが手元に保存した本が、ひとつの赤い線でつながっていたことを知る。 簡単にいえば、希林が、「ことだま(言霊)」を感じた本しか保存しなかったということ。 コトダマとは、ことばに宿っている不思議な霊感を感ずること。 日本人は、大昔からそう信じていた。 昔の人は、ことばの霊妙な働きによって幸福がやってくる、とも考えていた。 なにか文章を頼まれると、希林は、「神(かん)さびの梅」などと、コトダマをこめた新語を考えだした。 当然ながら借り受けた100冊からもそのことを実感できたが、古事記から現代にいたるまで、守備範囲は広範だ。 鈴木大拙『仏教の大意』も、水道橋博士『藝人春秋』も、内田裕也『俺はロッキンローラー』も、98冊すべてがコトダマを内在した書物として均等な価値を持ち、希林さんの人生のどこかの地点で、希林さんの価値観のどこかに影響を与えたということなのだろう。 そんなことに想いを馳せながら、本書のページをめくる作業はそれだけで楽しい。 「なぜ、この本に関心を抱いたのだろう?」と考えてみれば、いままで知る由もなかった樹木希林という女優の本質が多少なりとも助けて見えてくるような気もする。 また、蔵書にはところどころ書き込みも入っているようで、それらに関するエピソードも興味深い。 たとえば乗松祥子『宿福の梅ばなし』の表紙についた帯には、「たかが 梅のはなしと 思うでしょうが、人間の手で 地球が 変形して きている今 一家に一冊、おいてみては どうでしょう。 樹木希林」というコピーが自筆で書かれているそうだ。 なんともかわいらしい、人間味にあふれた文章とは言えないだろうか。 感銘を受けたからに違いないが、「保存版」となっていたのはこの一冊だけしかなかったらしい。 この新書版は、水分を吸ったようにふくらんでいた。 仕事で外へ行く時も持って行ったのだと思う。 (本書75ページより引用) ちなみに養老孟司さんは、希林さんと初めて会ったときのことをある本に書きとめているそうで、ここでもその内容が解説されている。 希林は長時間のスタジオ撮影で、疲労してしまい、待ち時間にソファに横たわっていました。 そこへ先生がやってきて会話がはじまる。 希林は、ソファに横たわったまま。 養老先生は、その姿に感動する。 ココロは元気なのに、カラダが弱っている状態でした。 カラダは、物質からできていますが、自然なモノともいえます。 自然は枯れたり、しおれたりするものです。 希林は、その疲れたカラダを、なんの気取りもなく、自然そのままに見せた。 それが養老先生を感動させたのです。 選書の仕方にしても、さまざまな書き込みにしても、ひとつひとつがすべて自然体だからだ。 樹木希林という女優の残像を意識しながら、しかし気負うことなく楽しみながら読めるのは、きっとその証拠だ。 すぐに読み終えることができるだろうが、あえて時間をかけ、ていねいに読み進めていきたい。 しかも読み終えて終わりにするのではなく、何度でも読みなおしたいところだ。 きっと、そのたびごとに、なんらかの気づきを得ることができるだろうから。 『希林のコトダマ』 椎根和 著 芸術新聞社 本体1,500円+税 2020年4月 文/印南敦史 作家、書評家、編集者。 株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年東京生まれ。 音楽雑誌の編集長を経て独立。 複数のウェブ媒体で書評欄を担当。 著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。 新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。

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『希林のコトダマ』樹木希林さんから学ぶ あなたが遺す最後の蔵書は?

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老い、病、衣・食・住、女優道について語った、稀有で洒脱な人生読本。 2012年慶應丸の内シティキャンパスの講演をもとに書籍化。 【「TRC MARC」の商品解説】 昨年(2018)9月の訃報から1年。 今なお愛され続ける個性派女優の本音トークをまるごと収録。 「全身がんに冒されて」 「老いとのつきあい方」「女優として」「衣食住」etc…。 希林流があふれる洒脱な人生読本。 生きるヒント満載! [目次] プロローグ 朗読『最上のわざ』 第1章 長岡輝子さんと『最上のわざ』 琵琶と私と妹 映画『ツナグ』と『最上のわざ』 養老院で見た長岡さん 宮澤賢治のふるさとで 第2章 老いの重荷は神の賜物 私と病気 がんになって思うこと 全身がんと生きる 私のまわりのがん患者たち 病気は神からの賜物 第3章 女優の道を歩んで 自分の身体をとことん使う 自分をさらけだす仕事に 第4章 私の「衣・食・住」雑感 「衣・食・住」のこだわり 正岡子規の食日記 第5章 これからの私 折口信夫と私たちの神さま ひとりの日本人として 第6章 質疑応答 第7章 杉村春子さんの思い出 【本の内容】 樹木 希林 略歴 樹木希林(きききりん) 1943年、東京都生まれ。 本名、内田啓子。 61年、文学座付属演劇研究所に一期生として入所後、悠木千帆の名で活動を開始。 杉村春子の付け人を経て、64年、テレビドラマ『七人の孫』で頭角を現わす。 70年、『時間ですよ』で注目を浴びると、74年、『寺内貫太郎一家』で演技派としての地位を確立。 77年、樹木希林に改名後も、存在感ある個性派女優として、映画、ドラマ、CF、ナレーションなど、第一線で活躍した。 映画での代表作は『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン』(日本アカデミー賞最優秀主演女優賞)、『悪人』(日本アカデミー賞最優秀助演女優賞)、『わが母の記』(日本アカデミー賞最優秀主演女優賞)、『あん』、『万引き家族』(日本アカデミー賞最優秀助演女優賞)など枚挙に暇がない。 08年に紫綬褒章、14年には旭日小綬章。 61歳で乳がんを患い、その後、全身がんであることを公表した。 2018年9月15日、都内の自宅にて逝去。 享年75。 夫は、ロック・ミュージシャンの故・内田裕也。 娘はエッセイストの内田也哉子、娘婿は俳優の本木雅弘。 投稿者: 夏の雨 - この本は2018年9月に75歳で亡くなった樹木希林さんが2012年12月に慶應丸の内シティキャンパスで行なった講演をまとめたもので、2019年9月に出たもの。 希林さん関連本が売れるとなって、各出版社も自社で持っている情報を絞りだした努力はわからないではないが、なんだか絞り切った雑巾をまだ絞るのかという感も否めない。 希林さんの話は雑巾ではないが。 希林さんの年表をたどれば、2012年は映画「わが母の記」が封切られ、この作品の演技で第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した記念すべき年でもある。 その一方で、全身がんも公表されて、このあたりから希林さんの早すぎる晩年と言っていいかもしれない。 タイトルにもなっている「老いの重荷は神の賜物」は、そんな人生の岐路にあった希林さんがこの講演の冒頭に朗読したヘルマン・ホイヴェルスの「最上のわざ」に出てくる一節から採られている。 希林さんはこの文章を長岡輝子さんの朗読から知ったと講演でも語っている。 希林さんの魅力はそういう言葉の掬い取りが見事で、この2012年はまだ70歳にもなっていないのだが、希林さんが「老い」といえばそうなのかと思えてしまう。 そういえば希林さんはまだ30歳の頃からおばあさん役をやっていて、希林さんにとっては若いとか老いとかは関係なかったのであろう。 さすがにこの講演の時はまだ元気感を感じる。 希林さんの人生をたどるという意味ではでは貴重な講演録ではある。 プロローグ 朗読『最上のわざ』 第1章 長岡輝子さんと『最上のわざ』 第2章 老いの重荷は神の賜物 第3章 女優の道を歩んで 第4章 私の「衣食住」雑感 第5章 これからの私 第6章 質疑応答 第7章 杉村春子さんの思い出 『さて、がんになったときに、やっぱり、あたふたするんですよ。 だれかががんになって、看病したり何かしている経験のあるお家はそうでもないんですけれども、初めての新鮮な病気なもんですから、大変な思いをしました。 だけれども、それは人には言えない。 』(本文より) テレビで、「全身がんなのよ」と、あっけらかんとして話をしている姿に、驚き、普通の人ではないな。。。 と思っていたけれど、やはり、あたふたはされたんだなーと思うと、なんだかホッとした。 樹木希林さんは、何事にも、起こったことを受け入れ、自分の考えたとおりにされてきたのだなーと、実感する。 楽観主義とでもいうのだろうか。 最期の時まで、自分の感じたとおり生きていたのだろうな。

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