おらこんな国いやだ。 おら日本さ行ぐだ by吉 まねぞう

安倍首相の辞任を求める国会議員会館前6月15日16日17日・座り込み行動宣言

おらこんな国いやだ

最近、暗いニュースが増えすぎでは…と思います。 わかりません、自分が暗いニュースばっか見ているのかもしれません。 自粛ムードでいろんな人に鬱憤が溜まってるんでしょう。 歌手が国に対する意見を発信しようものならすぐに荒れ、自殺に追い込むまでの中傷のツイートまで現れ、とりあえず自分はを見るのはやめました。 誹謗中傷って本当に悪なんでしょうか。 いろんな意見が流れています。 「誹謗中傷ではなく批判にすべき」 「中傷するなら強い人間にしろ」 「名誉棄損は見逃さずすぐ訴えろ」 各々の意見は誰も不幸にすることのない素晴らしい意見です。 ただ、なんというか、根本的な解決になっている気がしません。 こんなこと書いたら叩かれそうなんですけど、誹謗中傷を悪だと決めつける人の気持ちがよく分かりません。 まず、第一に、誹謗中傷と批判の間に境目なんか引けるわけがありません。 相手の社会的地位を下げることが名誉棄損だというのなら、ドラマの俳優に「演技が下手だ」とコメントを残すことは名誉棄損になってしまわないんでしょうか? これは批判でこれは誹謗中傷、なんて便利に誰もが納得できるように分けてくれる装置なんて存在しません。 批判のつもりで言ったことが相手にとっては誹謗中傷のように聞こえたってなるからトラブルになるんです。 そこが言葉の怖さであり、逆に言えば、そこが言葉の面白さであり醍醐味だと思っています。 もし僕が安部さんであれば確実につぶれていてもうこの世にはいないと思います。 2月からはほとんど休まずに対応に追われ、では「こいつに国は滅ぼされる」の文字。 今までに存在したことがないウイルスが来ちゃったんです。 失敗なく過ごせることの方が少なくて当然です。 なぜそんなに攻撃してしまうのでしょうか。 相手に能力が足りないと思うのなら、その能力をあなたが足してあげればいいじゃないですか。 でも別に、「じゃあお前が代わりにやれないなら批判するな」とは思っていなくて、専門性が違う分野に要求を提示するのはかまわないけど、貴方にできないことを他人に要求するのだからそこには感謝が付随して当然と思うのですが…。 の関係で初めて出した死者は職員の自殺でした。 cyber bulling により亡くなられた方もいます。 その攻撃を企図した人間には怒りが湧きます。 ただ僕の中では、そうした怒りが外に向くだけのものでは、絶対にないと思います。 僕は小学生の時、成績は同級生に負けたことが一度もなく、ひたすらに周りの同級生を見下していました。 気に入らない先生には食って掛かりました。 中学生の時には嫌いだった同級生にひどい言葉を投げかけたこともあります。 高校生の時には、執拗なメールに悩んでいた友人に「気にするだけ無駄だ」と言いました。 木村花さんに中傷のツイートを送った人間も、僕の友人に執拗にメールを送っていた奴も、問答無用で牢屋にぶち込みたいです。 でも、彼らを裁くという事は、同時に、未熟だった過去の自分も裁くという事と、いっさい変わりません。 彼らを牢屋にぶち込むのであれば、小学生の生意気な僕も、プライドが邪魔して人の上に立っていたかった中学生の僕も、ヒトの悩みを適当にあしらった高校生の僕も、牢屋にぶち込んだっていいかもしれない。 ではなぜ自分は裁かれていないかと言えば、それは自分を許し是正してくれた手が存在したからです。 過去に自分が攻撃したものが、生きていてくれたからです。 怒ってくれたからです。 もしあの頃の僕が牢屋にぶち込まれるなら、今の僕は当然存在しません。 だから今僕が憎んでいる相手を牢屋にぶち込むなら、それは今の僕の存在を消すのに、実は等しい。 誹謗中傷は悪だと声を大にする人たちへの違和感はここにあります。 自分は誹謗中傷をしていないと思い込み、さらっと批判と誹謗中傷に線が引けてしまう人が、ネットで殺意を向ける人と同じくらいに僕は怖いです。 今までの誹謗中傷は履歴取ってますから覚悟しろよみたいな動きも、悪人への抑制力としては間違ったこととは思いませんが、しかしそれは核爆弾をいっぱい持ってることで攻撃を免れようとするような国家に似ています。 核爆弾は増え過ぎればそのうち地球を破壊します。 どんなに汚い言葉でも愛のある言葉はあって、どんなに綺麗でも意図的という言葉があるように、失礼な態度も取れる。 僕達はそうした爆弾を過去に数々投げてきてたんです、そしてその爆弾が爆発してきたことで、その爆弾の危うさに気付き反省してきたことで成長してきたんです。 やっぱりヒトは、高台に登って見下ろしながら物を言っている方が楽だ。 でも僕はネガティブだから高台に登る気があまりしなくて、ただ低いところで、俺も罪人だごめんなさいってペコペコしているような、そんな人間です。 他責は自責であり、自責は他責なんだと思います。 くくった瞬間に終わりです。 みんなが右に行くなら右に行く。 左に行くなら左に行く。 そうした時に、右の時は右を疑い、左の時は左を疑うという所作のみが我々には必要じゃないかなと。 今は、外の罪人を裁く期間ではないと思います。 自分の中を罪人を省みて、自分の中の罪人を消そうと努力してくれた今までの周りの環境に感謝する期間だと思います。 この件に関しては、僕は他人を語ることで強くなれません。 おわり mattsun0383.

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こんなヨーロッパの国は嫌だ

おらこんな国いやだ

最近、暗いニュースが増えすぎでは…と思います。 わかりません、自分が暗いニュースばっか見ているのかもしれません。 自粛ムードでいろんな人に鬱憤が溜まってるんでしょう。 歌手が国に対する意見を発信しようものならすぐに荒れ、自殺に追い込むまでの中傷のツイートまで現れ、とりあえず自分はを見るのはやめました。 誹謗中傷って本当に悪なんでしょうか。 いろんな意見が流れています。 「誹謗中傷ではなく批判にすべき」 「中傷するなら強い人間にしろ」 「名誉棄損は見逃さずすぐ訴えろ」 各々の意見は誰も不幸にすることのない素晴らしい意見です。 ただ、なんというか、根本的な解決になっている気がしません。 こんなこと書いたら叩かれそうなんですけど、誹謗中傷を悪だと決めつける人の気持ちがよく分かりません。 まず、第一に、誹謗中傷と批判の間に境目なんか引けるわけがありません。 相手の社会的地位を下げることが名誉棄損だというのなら、ドラマの俳優に「演技が下手だ」とコメントを残すことは名誉棄損になってしまわないんでしょうか? これは批判でこれは誹謗中傷、なんて便利に誰もが納得できるように分けてくれる装置なんて存在しません。 批判のつもりで言ったことが相手にとっては誹謗中傷のように聞こえたってなるからトラブルになるんです。 そこが言葉の怖さであり、逆に言えば、そこが言葉の面白さであり醍醐味だと思っています。 もし僕が安部さんであれば確実につぶれていてもうこの世にはいないと思います。 2月からはほとんど休まずに対応に追われ、では「こいつに国は滅ぼされる」の文字。 今までに存在したことがないウイルスが来ちゃったんです。 失敗なく過ごせることの方が少なくて当然です。 なぜそんなに攻撃してしまうのでしょうか。 相手に能力が足りないと思うのなら、その能力をあなたが足してあげればいいじゃないですか。 でも別に、「じゃあお前が代わりにやれないなら批判するな」とは思っていなくて、専門性が違う分野に要求を提示するのはかまわないけど、貴方にできないことを他人に要求するのだからそこには感謝が付随して当然と思うのですが…。 の関係で初めて出した死者は職員の自殺でした。 cyber bulling により亡くなられた方もいます。 その攻撃を企図した人間には怒りが湧きます。 ただ僕の中では、そうした怒りが外に向くだけのものでは、絶対にないと思います。 僕は小学生の時、成績は同級生に負けたことが一度もなく、ひたすらに周りの同級生を見下していました。 気に入らない先生には食って掛かりました。 中学生の時には嫌いだった同級生にひどい言葉を投げかけたこともあります。 高校生の時には、執拗なメールに悩んでいた友人に「気にするだけ無駄だ」と言いました。 木村花さんに中傷のツイートを送った人間も、僕の友人に執拗にメールを送っていた奴も、問答無用で牢屋にぶち込みたいです。 でも、彼らを裁くという事は、同時に、未熟だった過去の自分も裁くという事と、いっさい変わりません。 彼らを牢屋にぶち込むのであれば、小学生の生意気な僕も、プライドが邪魔して人の上に立っていたかった中学生の僕も、ヒトの悩みを適当にあしらった高校生の僕も、牢屋にぶち込んだっていいかもしれない。 ではなぜ自分は裁かれていないかと言えば、それは自分を許し是正してくれた手が存在したからです。 過去に自分が攻撃したものが、生きていてくれたからです。 怒ってくれたからです。 もしあの頃の僕が牢屋にぶち込まれるなら、今の僕は当然存在しません。 だから今僕が憎んでいる相手を牢屋にぶち込むなら、それは今の僕の存在を消すのに、実は等しい。 誹謗中傷は悪だと声を大にする人たちへの違和感はここにあります。 自分は誹謗中傷をしていないと思い込み、さらっと批判と誹謗中傷に線が引けてしまう人が、ネットで殺意を向ける人と同じくらいに僕は怖いです。 今までの誹謗中傷は履歴取ってますから覚悟しろよみたいな動きも、悪人への抑制力としては間違ったこととは思いませんが、しかしそれは核爆弾をいっぱい持ってることで攻撃を免れようとするような国家に似ています。 核爆弾は増え過ぎればそのうち地球を破壊します。 どんなに汚い言葉でも愛のある言葉はあって、どんなに綺麗でも意図的という言葉があるように、失礼な態度も取れる。 僕達はそうした爆弾を過去に数々投げてきてたんです、そしてその爆弾が爆発してきたことで、その爆弾の危うさに気付き反省してきたことで成長してきたんです。 やっぱりヒトは、高台に登って見下ろしながら物を言っている方が楽だ。 でも僕はネガティブだから高台に登る気があまりしなくて、ただ低いところで、俺も罪人だごめんなさいってペコペコしているような、そんな人間です。 他責は自責であり、自責は他責なんだと思います。 くくった瞬間に終わりです。 みんなが右に行くなら右に行く。 左に行くなら左に行く。 そうした時に、右の時は右を疑い、左の時は左を疑うという所作のみが我々には必要じゃないかなと。 今は、外の罪人を裁く期間ではないと思います。 自分の中を罪人を省みて、自分の中の罪人を消そうと努力してくれた今までの周りの環境に感謝する期間だと思います。 この件に関しては、僕は他人を語ることで強くなれません。 おわり mattsun0383.

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安倍首相の辞任を求める国会議員会館前6月15日16日17日・座り込み行動宣言

おらこんな国いやだ

安倍首相のこれまでの違憲、違法行為は第1次・第2次政権を通して、教育基本法の改悪 、NHK日本軍「慰安婦」報道と表現の自由に対する介入、辺野古新基地建設の強行、「特 定秘密保護法・組織的犯罪処罰法」の制定、違憲の「集団的自衛権の行使」閣議決定、新 安保法制の強行採決、原発推進政策の続行、森友学園・加計学園・さくらを見る会の不正 、コロナウイルス対策の不備、アベノマスク問題、黒川東京高検検事長の定年延長問題、 「火事場ドロボー・業務委託金の中抜き」、一方的な国会の閉会、芸術・文化政策の軽視 等々枚挙にいとまがありません。 このような安倍政権の下で、働いている人々はどうしていくのかが問われています。 真 面目な公務員は安倍首相の言動を見て「働く意欲が無くなりました」と話しています。 こ のままでは明日はありません。 人々が生き生きと勤労に喜びを持つようにしなければなり ません。 それには「糠 ぬか に釘」と諦めさせられている安倍首相に辞任をしてもらうこ とです。 私たちは、米国と共に戦争に突き進むことや、原発再稼働の強行、沖縄県民の民意を無 視した辺野古新基地建設を許しません。 私たちは戦争の悲惨さ・米兵の少女暴行・自然災 害・医療不備で命を失った人々、「平和は戦争以上に積極的な力でなければならぬ。 自衛 隊の海外派遣は有害無益」と国会で述べた中村哲さん(医師)のことを忘れません。 文書改ざんの強制による赤木俊夫さんの自死を再び繰り返してはなりません。 みなさんといっしょに安倍首相の辞任を求めて、平和と民主主義を取り戻し、まっとう な政治を実現するまで、手を取り合い、力を合わせていきましょう。 連続座り込み 6月15日(月)、16日(火)、17日(水)11時〜16時まで 衆議院第2議員会館前 多くの方の支援参加・各地の街宣行動等を要請いたします。 2020年6月9日 連絡先 安倍首相の辞任を求める国会議員会館前市民座 り込み行動 石垣敏夫090-4373-0937・木村孝048-764-8589・辻忠男(医師)080-9583-9858.

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