どっこから。 【中国時代劇トリビア】第8回 強く美しき独孤三姉妹。史実ではどうだった?:1

独孤伽羅~皇后の願い~

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乱世の中、欲望と策略に翻弄されながらも、夫を随の初代皇帝へと押し上げた皇后・独孤伽羅の物語! 独孤伽羅は史上初の一夫一婦制を提唱したことで知られる、歴史上で有名な隋の初代皇后。 本作では、三姉妹の三女である独孤伽羅が、姉や周囲の男たちの策略に翻弄されながらも成長していき、やがて政略結婚した楊堅を隋の初代皇帝へと押し上げ皇后の座に上り詰めていくまでを、ドラマティックに描く。 ヒロイン独孤伽羅を演じるのは、「ときめき旋風ガール」のヒロイン役で注目された若手女優フー・ビンチン。 独孤伽羅の活気のある少女時代から、賢さと強い根気を持ち合わせた覇気のある皇后になるまでを、多彩な表情で好演し、新たな魅力を開花させた。 アン・アン演じる、皇后になるために心から愛した人を捨て北周の皇室に嫁ぐ独孤伽羅の姉・独孤般若をはじめ、彼女を愛したが故に、運命の歯車に巻き込まれていく男たちとの激動の愛憎を、「女医明妃伝~雪の日の誓い~」「後宮の涙」などヒット作を手掛けた脚本家チャン・ウェイや、「三国志 Three Kingdoms」監督ガオ・シーシーなど豪華スタッフによって誕生した新たな宮廷ラブ史劇! 第4話 愛の告白• 第5話 残酷な運命• 第6話 命懸けの帰還• 第7話 結納の日• 第8話 ほどけた絆• 第9話 新婚初夜• 第10話 王妃の里帰り• 第11話 誘惑の罠• 第12話 未練と執着• 第13話 危険な噂• 第14話 疲弊した心• 第15話 嬉しい客人• 第16話 暗殺の宴• 第17話 秘密の一夜• 第18話 断たれた縁• 第19話 野心と誤算• 第20話 愛の駆け引き• 第21話 皇后の座• 第22話 偽りの悲劇• 第23話 青い目の子供• 第24話 復讐の念• 第25話 屈辱の敗北• 第26話 最期の願い• 第27話 命の償い• 第28話 再燃する火種• 第29話 揺れる想い• 第30話 交錯する陰謀• 第31話 二人の剣舞• 第32話 夫婦の条件• 第33話 以心伝心• 第34話 衝撃の暴露• 第35話 初めての口づけ• 第36話 執念の仇討ち• 第37話 嫉妬と悲しみ• 第38話 失った信頼• 第39話 試される愛• 第40話 守るべき命• 第41話 野望の代償• 第42話 渾身の反撃• 第43話 迫る対決の時• 第44話 危険な任務• 第45話 新しい皇后• 第46話 それぞれの大志• 第47話 縁談と醜聞• 第48話 本当の父親• 第49話 嵐の後に• 第50話 逃れられない宿命• 第51話 別れの言葉• 第52話 新皇帝の裏切り• 第53話 失望と希望• 第54話 天下統一• 第55話 独孤の天下.

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愛のない婚姻から、運命を変える愛へ―中国歴史ドラマ『独孤伽羅〜皇后の願い〜』2019年3月より日本初放送決定!

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乱世の中、欲望と策略に巻き込まれながらも誇り高く生きた女性、独孤伽羅を描いたドラマに登場する美しき独孤三姉妹について、今回はご紹介していきます! 「独孤伽羅~皇后の願い~」に登場するのは、北周に忠義を尽くす独孤信の娘、般若・曼陀・伽羅の3人。 独孤パパこと独孤信は、超イケメン!だったそうなので、ドラマに登場する3人のように、おそらく実在した3姉妹もきっと美人(のはず!)。 3姉妹とは言いますが、般若が長女、曼陀が4女、伽羅は7女と、少し歳の離れた姉妹だったようです。 伽羅を演じるフー・ビンチンちゃんがステキな女性なので、てっきり大人のお嬢様かとおもいきや、実際に伽羅が楊堅に嫁いだ歳は若干14歳(現代だと中学2年生の女子!)。 劇中、見た目年齢とはちょっぴりギャップを感じるほど、みんなに子ども扱いされちゃうのも納得!のお年頃です。 ちなみに、独狐家にはこの3姉妹の他に8人の男兄弟がいます。 常に兄姉(けいし)、弟妹(ていまい)たちが共に暮らす生活ではないにせよ、母が亡くなってから、長女の般若が母親代りとなってこの独狐一家を取り仕きったわけですから、あれだけ肝の据わった"般若姐さん"になるわけです。 般若は御家のために宇文毓に嫁ぎ、宇文毓は第2代目の皇帝・明帝として即位します。 般若は558年に王后となりますが、その年に死去、559年に皇后に追尊されます。 そしてその後明帝も、宇文護(出た!! )に殺されてしまいます。 曼陀の夫の李昞は、北周に仕えて安州総管となり、柱国大将軍となります。 564年に爵位を継ぎ、その位のまま生涯を閉じますが、後に息子の李淵が唐の初代皇帝となって亡き父李昞に帝号を贈り、母を皇后としたため、曼陀は元貞皇后となりました。 史実では般若と曼陀の二人は、生きている間には皇后の称号を得ることができませんでした。 独孤家で唯一、存命中に皇后となったのが、独孤伽羅です。 581年、楊堅が隋を立て帝位につくと、伽羅は文献皇后となり、夫の傍らで政治を助けたので"二聖"と呼ばれました。 文献皇后にまつわる逸話はいろいろありますが、やはり一番すごい!と思わせるのは、隋の時代にして一夫一妻を貫いたところでしょうか。 楊堅が側室を持つことも、そして自分以外の女性に子どもを産ませることも禁じ、家臣にも同様の厳格さを求めました。 しっかり者の伽羅が亡きあと、楊堅は自由になってしまいます!! 後宮に出入りし、寵愛する女性たちとの甘い日々を満喫する楊堅。 しかしそんな生活が良くなかったのか、楊堅は病となり、伽羅の死後2年遅れてこの世を去ります。 そのあとを継いだのは、伽羅と楊堅の息子であり、悪名高き煬帝...。 618年、煬帝は反乱によって殺され隋は滅亡します。 伽羅亡きあとのあっけない幕切れをみると、"恐妻"とか"鬼嫁!"とか言われても、家にはしっかり者の頼れる母ちゃんがいないとダメなのかも!? Text:島田亜希子 ライター。 中華圏を中心としたドラマ・映画に関して執筆する他、中文翻訳も時々担当。 『台湾エンタメパラダイス』『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)にて執筆記事掲載中。 ======= <このコラムに登場した作品>.

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[B!] 独孤伽羅

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元貞太后(げんていたいこう)の史実 いつの時代の人? 生年月日:不明 没年月日:不明 名前:独孤 (どっこ)名は不明。 諡号:元貞太后 父:独孤信 母:? 夫:李昞(り・へい) 子:李淵(り・えん、唐の初代皇帝・高祖)、同安公主 北周の二代皇帝・明帝(宇文毓)の后です。 日本では飛鳥時代になります。 用明・崇峻・推古天皇の生きた時代とほぼ同じです。 おいたち 元貞太后がいつ生まれたのかはわかりません。 父は北周の大司馬(軍事を司る長官)独孤信(どっこ しん)。 独孤(どっこ)一族は遊牧民族・匈奴(きょうど)の流れをくむ一族。 戦いが得意な武門の家柄でした。 父・独孤信は軍人たちを率いる重鎮でした。 独孤信は有力な一族に娘を嫁がせ影響力を強めていました。 独孤氏(元貞太后)は独孤信の四女でした。 姉には北周の明帝の后・、妹には随の皇帝・楊堅の后になったがいます。 西魏の武将、李虎(り・こ)の息子・李昞(り・へい)と結婚。 李虎は北周の建国に参加して柱国大将軍となりました。 李家は北魏では皇后を出せる資格のある家とされ、北朝では名門でした。 李昞も北周に仕え・安州総管になりました。 父の死後、北周の柱国大将軍になっています。 独孤信も柱国大将軍だったので、北周での家格は李家と独孤家は同じくらいだったようです。 独孤氏がいつ李昞(り・へい)と結婚したのかはわかりません。 独孤氏は気難しい娘だったようです。 566年。 李淵(り・えん)が生まれました。 子の李淵は随の初代皇帝・文帝の信頼を得て出世します。 文帝の信頼を得られたのは李淵の母が文帝の后(独孤伽羅)の姉妹だったからです。 567~573年の間に娘の同安公主が生まれました。 572年。 夫の李昞が死亡。 独孤氏は晩年に病になりました。 闘病生活は長かったようです。 ところが病になっても独孤氏は気難しい性格はかわりません。 李家の侍女たちは独孤氏を恐れて誰も看病しようとしません。 ところが李淵の妻・竇夫人だけは独孤氏を熱心に看病しました。 竇夫人は独孤氏から高い評価を得ます。 李淵と竇夫人の間に生まれたのが後に唐の2代皇帝になる李世民です。 独孤氏がいつ死亡したのかはわかりません。 618年。 李淵は皇帝になり唐を建国しました。 李淵は母に元貞皇后の称号を追尊しました。

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