西暦 和 暦。 平成(1989〜2018年)

西暦と和暦の意味と違い

西暦 和 暦

日々私たちが取り扱う書類には、いつ記載したものかを明らかにするため、必ず日付の記入欄がありますよね。 また、2019年5月1日からは新しい元号「令和」になりました。 目次 公的な書類には和暦(元号)を使うのが一般的 まずは、公的書類や行政に提出する書類のフォーマットを思い出してみてください。 そのことから分かるように、公的な書類を作成するときは、和暦で表記するのが一般的です。 行政機関で作成する公文書も、一般的には和暦が使われているため、和暦と西暦、どちらで書くが良いか判断に迷うときには、和暦を使うようにすると良いでしょう。 その他、議事録や提案書、履歴書など、業務上の書類は和暦・西暦どちらを使ってもかまいません。 ただし、表記はどちらかに統一することを忘れずに。 また、契約書などは会社のルール・慣習や取引先との間でフォーマットが決まっている場合もあるので、契約前に表記を確認するようにしておきましょう。 ちなみに、2019年を和暦で表記する際、「令和元年」と「令和1年」のどちらにするか迷う方もいらっしゃるようですが、正しい書き方は「令和元年」です。 和暦と西暦、なぜ2種類の書き方があるの? 日本最初の元号が、「大化」ということをご存知でしょうか。 かの有名な「大化の改新」が起きた645年、唐にならって元号が制定されてから1,000年以上、日本ではずっと和暦が用いられてきたのです。 しかし16世紀、カトリックの宣教師によってキリスト教などと同時に「西暦」が日本へともたらされました。 その後、明治維新と共に西洋に合わせる形で、1872年(明治5年)に天保暦(太陰太陽暦)からグレゴリオ暦(太陽暦)への移行が決まってから、日本でも西暦が導入されるようになりました。 一般的に西暦が広く使われるようになったのは、第二次世界大戦後。 公的機関で使われる公文書に和暦を用いるのは、古くからの名残が今なお残っているからなのです。 日本では、このような歴史的背景から、公的な文書などでは和暦を使い続けながら、場合によっては西暦も併用するという方式を取っています。 和暦と西暦を簡単に換算する方法は? 西暦の日付を和暦に変換したり、和暦を西暦に変換をしたりするのは、意外と大変なものですよね。 とっさのときにすぐに変換できるよう、和暦と西暦を換算する計算式を覚えておくと便利です。 18は、「018=レイワ」と読みかえられるので、覚えやすい!と話題にもなりました。 皆さんが使用しているPCの元号の表示は、すでに令和に表示変更されていますか?Office2010以降のバージョンのPCであれば、最新のOfficeとWindowsの更新プログラムを適用することで、新元号「令和」表記へ対応が可能です。 しかしながら、Office2007以前のバージョンはMicrosoftのサポートが終了しているため、残念ながら自動更新による新元号対応はできません。 また、Officeの自動更新がオフになっていて、令和対応になっていない可能性もあるので、使っているOfficeソフトがどうなっているか分からない方は、下記の方法でチェックしてみましょう。 「すべてに適用」をクリックする。 いずれの場合も、サンプルに「令和」が表示されていれば正常に更新できています。 反対に、「平成」のままで表示されている場合は、更新プログラムが適用できていません。 また、過去に作成したファイルを取り扱う際や、データを送付する相手が新元号非対応のバージョンを使っている場合には、不具合が生じることもあるようです。 ぜひ一度、チェックしてみてくださいね。 とてもシンプルですが、意外と頭を悩ませてしまう問題ではありますよね。 ですが「公的な書類や行政に提出する書類は和暦が一般的」「令和から西暦へ変換するには18(レイワ=018)を足す」、このような豆知識を知っておくことで、業務がスムーズに進み、作業の時短、効率化にも役立ちますよ。 ぜひ、今回ご紹介した内容を、書類作成時の参考にしてくださいね。

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年代対照表

西暦 和 暦

では、西暦と和暦の定義について、早速みていきたいと思います。 【西暦】 西暦とは、イエス・キリストが生まれた年の翌年を『西暦元年』としたもので、暦をあらわす方法の一つです。 いわゆる、現代社会で広く馴染み深いこの紀年法は、世界中で一番多く使われているものになっています。 歴史の教科書で、よく見る『AD』は『Anno Domini』の略で、キリストが生まれる前『BD Before Christ 』と表記されていますね。 【暦法について】 さて、この西暦ですが、キリストが生まれてから2000年以上経ちますが、これまでずっと同じ暦法を使ってきたわけではありません。 暦法とは、毎年の暦を作るための方法で、端的に言えば1年に何日あるか、と日付を数える方法や1年の日にちを数える方法のことです。 「太陽暦」という方法で暦を数えてきたのですが、始めのうちは「ユリウス暦」というのを使用していました。 【太陽暦のうつりかわり】 ユリウス・カエサルによって、紀元前45年1月1日より実施された「ユリウス暦」は、地球が太陽を回る動きを元に作られた暦法です。 1年を原則365日で、4年に1度「閏年」を設け、いわゆる平均年を365. 25日としました。 しかし、実際の太陽年は焼く365. 2422日あるので、毎年少しずつ暦がずれていくことになりました。 13世紀頃になると認識され、改暦の要求がはじまりました。 そして16世紀にはついに、春分日が10日もズレてしまったことを受け、ユリウス暦から「グレゴリオ暦」に変わりました。 ゆえに、ユリウス暦1582年10月4日の翌日は、グレゴリオ暦1582年10月15日になったそうです。 グレゴリオ暦は、ユリウス暦のように閏年を置きますが、400年のうち100日ではなく、微調整されて97日になったとのこと。 よって、ユリウス暦よりも誤差がより小さいものになったそうです。 (1日ズレるのに約3220年かかる) 和暦とは、文字通り日本独自の紀年法なので、日本だけで使われる数え方です。 和暦は邦暦と呼ばれることもあるようです。 和暦は年数の前に、元号を使って表現されます。 いわゆる、『明治・大正・昭和・平成』です。 よく、官公庁や役所関連の資料で書くケースも多いでしょう。 『明治・大正・昭和・平成』は、『M・T・S・H』と省略する表記も一般的です。 この和暦というものが使われ始めたのは、西暦で言えば645年の「大化」が一番最初です。 この元号は、これまでの歴史の中で、必ずしも連続して使われていたわけではなく、途中で元号がない年があったり、逆に元号が2つ存在している時もあったようです。 【元号が変わるタイミング】 現在は、天皇の皇位継承のタイミングのみ改めて制定されていますが、明治以前は違っていたようです。 不吉なこと、天災、病などの理由でたびたび改められていたようです。 なので、短い間で何度も変わる事もしばしばありました。 【使われてきた暦法】 日本では長い間、太陰太陽暦という、月の満ち欠けの周期を元にした暦に、太陽の動きを元にした閏月をいれた、混合型の暦法を使用してきました。 1873年以降は、グレゴリオ暦が使用され始めたので、西暦と同じ日にちになりました。 しかし、それ以前は、西暦に対応しない日にちが存在したり、歴史的に有名な事件の日でも、実際に日にちが異なっていたりするのです。 たとえば、あの有名な「本能寺の変」は西暦だと1582年6月21日ですが、和暦で表記すると天正10年6月2日なのです。 これは、暦の数え方が違うことによって、1年の日にちが違うので、日付にすら違いが現れてしまうのです。 日本はいつから西暦を取り入れた.

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では、西暦と和暦の定義について、早速みていきたいと思います。 【西暦】 西暦とは、イエス・キリストが生まれた年の翌年を『西暦元年』としたもので、暦をあらわす方法の一つです。 いわゆる、現代社会で広く馴染み深いこの紀年法は、世界中で一番多く使われているものになっています。 歴史の教科書で、よく見る『AD』は『Anno Domini』の略で、キリストが生まれる前『BD Before Christ 』と表記されていますね。 【暦法について】 さて、この西暦ですが、キリストが生まれてから2000年以上経ちますが、これまでずっと同じ暦法を使ってきたわけではありません。 暦法とは、毎年の暦を作るための方法で、端的に言えば1年に何日あるか、と日付を数える方法や1年の日にちを数える方法のことです。 「太陽暦」という方法で暦を数えてきたのですが、始めのうちは「ユリウス暦」というのを使用していました。 【太陽暦のうつりかわり】 ユリウス・カエサルによって、紀元前45年1月1日より実施された「ユリウス暦」は、地球が太陽を回る動きを元に作られた暦法です。 1年を原則365日で、4年に1度「閏年」を設け、いわゆる平均年を365. 25日としました。 しかし、実際の太陽年は焼く365. 2422日あるので、毎年少しずつ暦がずれていくことになりました。 13世紀頃になると認識され、改暦の要求がはじまりました。 そして16世紀にはついに、春分日が10日もズレてしまったことを受け、ユリウス暦から「グレゴリオ暦」に変わりました。 ゆえに、ユリウス暦1582年10月4日の翌日は、グレゴリオ暦1582年10月15日になったそうです。 グレゴリオ暦は、ユリウス暦のように閏年を置きますが、400年のうち100日ではなく、微調整されて97日になったとのこと。 よって、ユリウス暦よりも誤差がより小さいものになったそうです。 (1日ズレるのに約3220年かかる) 和暦とは、文字通り日本独自の紀年法なので、日本だけで使われる数え方です。 和暦は邦暦と呼ばれることもあるようです。 和暦は年数の前に、元号を使って表現されます。 いわゆる、『明治・大正・昭和・平成』です。 よく、官公庁や役所関連の資料で書くケースも多いでしょう。 『明治・大正・昭和・平成』は、『M・T・S・H』と省略する表記も一般的です。 この和暦というものが使われ始めたのは、西暦で言えば645年の「大化」が一番最初です。 この元号は、これまでの歴史の中で、必ずしも連続して使われていたわけではなく、途中で元号がない年があったり、逆に元号が2つ存在している時もあったようです。 【元号が変わるタイミング】 現在は、天皇の皇位継承のタイミングのみ改めて制定されていますが、明治以前は違っていたようです。 不吉なこと、天災、病などの理由でたびたび改められていたようです。 なので、短い間で何度も変わる事もしばしばありました。 【使われてきた暦法】 日本では長い間、太陰太陽暦という、月の満ち欠けの周期を元にした暦に、太陽の動きを元にした閏月をいれた、混合型の暦法を使用してきました。 1873年以降は、グレゴリオ暦が使用され始めたので、西暦と同じ日にちになりました。 しかし、それ以前は、西暦に対応しない日にちが存在したり、歴史的に有名な事件の日でも、実際に日にちが異なっていたりするのです。 たとえば、あの有名な「本能寺の変」は西暦だと1582年6月21日ですが、和暦で表記すると天正10年6月2日なのです。 これは、暦の数え方が違うことによって、1年の日にちが違うので、日付にすら違いが現れてしまうのです。 日本はいつから西暦を取り入れた.

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