ジョーカー 予習。 【書籍感想】映画ジョーカーの予習!漫画キリングジョークを読んでみた。

予習はいらない‼『ジョーカー』の衝撃を全身で受け止めよ!

ジョーカー 予習

Contents• 映画『ジョーカー』のあらすじやキャスト(俳優)は? 映画『ジョーカー』についての概要は次の通りです。 「バットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生秘話を、ホアキン・フェニックス主演&トッド・フィリップス監督で映画化。 道化師のメイクを施し、恐るべき狂気で人々を恐怖に陥れる悪のカリスマが、いかにして誕生したのか。 原作のDCコミックスにはない映画オリジナルのストーリーで描く。 「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として生きるアーサー。 しかし、コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、やがて狂気あふれる悪へと変貌していく。 これまでジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレット・レトが演じてきたジョーカーを、「ザ・マスター」のホアキン・フェニックスが新たに演じ、名優ロバート・デ・ニーロが共演。 「ハングオーバー!」シリーズなどコメディ作品で手腕を発揮してきたトッド・フィリップスがメガホンをとった。 この作品は、第79回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、DCコミックスの映画化作品としては史上初めて、最高賞の金獅子賞を受賞しています。 アメリカでは「子供に見せるな」と警告?警備の強化まで? なんでも 、 アメリカの大手チェーン映画館「Alamo Drafthouse Cinema」がFacebookに次のような 警告文 を投稿したほど問題作ということです。 「冗談ではありません。 『ジョーカー』がR指定になっているのは相応の理由があります。 とんでもなく乱暴な言葉がどっさり出てきますし、暴力シーンもキワドイです。 そして全体的に鬱です。 ギラギラしてて、暗くて、それでいて現実的です。 『タクシードライバー』みたいな、ひとりの男性が狂気に追い込まれていく過程を描いた作品です。 子供向けではありません。 というか、子供は好きじゃありません。 ( バットマンは出てきません。 gizmodo. html アメリカの一部映画館は、『ジョーカー』鑑賞時のマスク着用とおもちゃの銃の持ち込みを全面的に禁止。 また、『ダークナイト ライジング』の上映初日に銃乱射事件がおこったコロラド州デンバー郊外のオーロラ市のCinemark映画館では上映を見送ることになったそうです。 そこまで言われると…ますます見たくなりますよね。 映画『ジョーカー』感想&口コミまとめ!衝撃だと評判?ネタバレ無し それでは、いち早く映画『ジョーカー』を見た方々の感想をまとめてみます。 ゴッサムシティが現実のようで、貧しい社会に置かれた主人公の境遇が多くの人々に共感を与えるし、アーサー・フレックが自身に入り込むそういう危険な映画🎬だった。 良い映画体験した。 — dorothy dorothy0825 JOKER観賞。 壮絶すぎる生立ち。 心を寄せた者達からの拒絶。 パトカーの中で初めて見せる症状ではない笑い。 自ら能動的に起こしたことではないのに悪い方に転がってしまう。 たしかにそれは喜劇かもしれない。 — いってら AuJx9 ジョーカー観た後で別の映画観るとたぶん陳腐に思えてしまうのでしばらくは何も観ない方がいい。 警察と米軍が警戒態勢になるのも納得、精神衛生上よくないものを確実に受け取る。 ヤバい(全部褒めてる)。 僕は、アーサーと同じだ。 そう思って、どうしようもなく哀しかった。 でも、この映画は人を悪い方向に導くものではありません。 「人を悪へ導くものは何か」を描いた。 ジョーカーとは、なろうとしてなるものではないのです。 あんなにつらくてせつなくて恐ろしい笑い声を出せるホアキン・フェニックスに鳥肌。 — cana Halfwayer 試写会にていち早く鑑賞 アメコミ映画でこんなものが見れるのかと衝撃だった。 ダークナイト以来に、アメコミ映画の枠では収まりきらない卓越した作品だった。 ホアキンのアプローチと演技力がオスカー確実。 現代の社会を下敷きにした苦しみの物語。 明日オープンの、 丸の内のドルビーシネマも いい感じでした。 白塗りで来てる人いっぱいいて、 ちょっと怖かった。 — カブキン yd1221 ジョーカーやばいほんとにやばい、何みせられたの???R15だけじゃなくて精神的に安定してる人とか入れた方がいいんじゃないかな… 予告で結構観た気になってる人、その100倍やばいよ。 鑑賞後拍手起こりました。 感想は落ち着いてから書く。 不平等で混沌で怒れる時代のイカれたJOKER。 誰もが狂っちまいそうな日常だから、 誰がJOKERになってもおかしくないと思わせられた。 ちょっと思考整理するまで時間かかるな。 好き嫌いはあるけどいま観るべき映画と思います。 ヒース版は素性がわからない中での予測不能でミステリアスな狂気ぶりに惹かれたけど、ホアキン版はジョーカーになるまでの彼の様々な憎しみや悲しみが交錯する感情の上で生まれる狂気に惹かれた。 やっぱり比べるのは無理。 これに尽きるわ。 正直予備知識いらないし、一本の映画として完成されすぎてる。 2回目も楽しみ。 重苦しく強烈。 70年代のニューシネマ登場はこんな感じだったのだろうか。 『タクシードライバー』よりも同じくワーナーのDC作品『Vフォーヴェンデッタ』を思い出したりした。 方向は逆だが観客をアジるだけの強い力を持っている。 直感的にある種の危うさも感じる映画だが…これは傑作。 — 酒井俊之 toshiyukisakai 『ジョーカー』 アーサーへの同情や共感を誘いながら、残り続ける解釈の曖昧さ。 最後まで見ればジョーカーを完全に理解できたと思う人間も、真似しようとする人間もいないはず。 そんな観客への信頼すら感じる点に救いと狂気を感じる。 他人を理解した気になって、耳を傾けなくなった世界と人間の恐さ。

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ジョーカー予習。ヒーロー誕生秘話。感想&解説 「バットマンビギンズ」

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この記事には、映画『 』の重大なネタバレが含まれています。 必ず本編の鑑賞後にお読みください。 『ジョーカー』ラストシーンが意味するもの 主人公アーサー・フレックは、職場を解雇され、出生に秘められた秘密を知り、隣人の女性と交際していることが自身の妄想の産物だったことを悟り、次々に社会における居場所を失っていく。 自分を陥れた元同僚を殺害したアーサーは、憧れのコメディアンであるマレー・フランクリンの番組にゲスト出演するも、マレーにすら嘲笑の対象として扱われている事実を前に、「失うものがない男を怒らせたらどうなるのかを思い知らせてやる」と、スーツに隠していた銃でマレーの額を撃ち抜くのだ。 生放送中に起こった殺人事件のあと、アーサーはパトカーで暴動の起こる街を移動する。 炎の上がる街を見つめながら、ジョーカーは一人きりで踊ってきたダンスを、ゆるやかに踊り始める。 しかし場面が変われば、そこはアーカム州立病院。 精神医、あるいはソーシャルワーカーらしき女性と話をするアーサー/ジョーカーは、ひとつのジョークを思いついたようだ。 瞬間、映像が切り替わり、そこには倒れている両親の間に立つ少年 の姿。 「どんなジョークかって? 君には分からない」。 部屋から出てきたジョーカーは血の足跡をべっとりと残しながら、歩き、踊り、そして病院の職員から逃げ回る。 (C)2019 Warner Bros. Ent. なぜならラストシーンにおいて、なぜアーサーがアーカムにいるのかは判然としないからだ。 人気コメディアンを殺害し、暴動を煽ったためだろうか。 あるいは、アーサーはなにか別の理由で入院していて、描かれてきた物語のすべては、彼が思い描いた(あるいは語った)ジョークのひとつにすぎないのだろうか。 それとも、物語には事実とジョークとが混在していると考えるべきなのか……。 米にて、フィリップス監督は、アーサーがなぜアーカムにいるのか、その理由さえも明らかにしようとしていない。 「僕とスコット(・シルバー、共同脚本)、ホアキンは、アーサーが何を抱えているのかという話を一度もしたことがないんです。 精神を病んでいるのかどうかさえ分かりません。 」 謎めいたアーカム州立病院について、フィリップス監督はほとんど何も明かさない構えだが、ひとつだけ確かなことがあるという。 それは、最後にジョークを思いついたアーサーの身体に現れる反応だ。 「 あのシーンだけが、彼が唯一純粋に笑っている場面です。 この映画には、いくつかの笑い方が登場します。 」 (C)2019 Warner Bros. Ent. 多くのコミックや従来の映画において、バットマンとジョーカーの年齢は近いものとして設定されることが多いが、『ジョーカー』の2人には親子ほどの年齢差がある。 ならば、アーサーの年齢設定はどうなっているのか。 この問いかけに対し、やはりフィリップス監督は 「一度もきちんと考えたことがありません」と質問者を煙に巻いている。 つまり、バットマンとジョーカーの年齢に差がありすぎるため、 アーサー自身はジョーカーではなく、のちにジョーカーとなる人間を覚醒させた人物ではないかというのだ。 つまるところ、『ジョーカー』は謎だらけなのである。 そして言うまでもなく、これはフィリップス監督らが完全に狙って仕掛けたもの。 試写の段階から、関係者や友人たちの間でもあらゆる仮説が出ていたそうで、監督は「映画の内容はすべてアーサーのジョークにすぎない説」も、「アーサーは本物のジョーカーじゃない説」も早いうちから把握していたという。 米にて、監督はこう述べた。 僕は彼らが正しいかどうかは言いませんけど。 Ent. 主演のホアキン・フェニックスも、これと全く同じことをのだった。 「今回の脚本やみなさんの反応で面白いのは、みんなが別々の感覚を抱くところ。 あるものが何を意味していて、どこが現実でどこがそうでないのか、みなさんが全く違うことを考えるところです。 だから、もし僕自身の意見があったにせよ、それをお話しするつもりはありません。 普通の映画にはない形で観客を作品に参加させることが、この映画の面白さのひとつだと思っていますから。 映画に参加して、どれが現実でどれがそうでないのかを判断するのが楽しいんですよ。 」 とはいえフィリップス監督は、いずれ『ジョーカー』で描いた謎の答えをすべて明らかにするつもりだという。 「 いずれ、僕たちが何を考えていて、執筆時に何を意図していたのかをお話しすることにします。 それは大切なことだと思っていますが、ただし今じゃない。 [中略]この映画を振り返るのが楽しくなるほど、遠い未来のことになるでしょう。 なぜなら、みなさんの体験を邪魔したくないから。 これから出てくるかもしれない仮説の妨げになりたくないからです。 それこそがこの映画を面白いものにしてくれるんだと思いますしね。 」 映画『ジョーカー』は2019年10月4日(金)より全国公開中。

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ついに公開! 超話題作『ジョーカー』を観る前に知っておきたいコト

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映画「ジョーカー」が人気という中で、「シリーズ」見たことない方々を対象に、監督による3部作について解説してみたいと思います。 映画「ジョーカー」そのものは、というヒーローが不在の世界で、結果として誕生のきっかけをつくることになったジョーカーと名づけられた男の物語となっています。 つまり、自体を深く知る必要は全然ありません。 ですが、ついつい「ウェインって何者」「はでてくるの? 少年はいったい誰」といった疑問がでてきて物語に集中できなくなっても残念なので、予備知識を知るために見るイメージで解説していきます。 スポンザードリンク? そのものは、1939年に登場したキャターです。 たいていのスーパーヒーローは超人的な能力や身体性を獲得しており、その力をつかって敵を倒したりしますが、は異なります。 コスチュームに身を包んでいますが、超人的パワーが見につくものではなく、科学的な道具や体術を駆使して闘うキャターとなっています。 対比されるキャターとして、スーがいますが、彼とは真逆の性質をもっており、正義の為に動くスーに対して、は、両親を殺されたという復讐心を原動力に戦います。 長年にわたり作られてきたキャターとしての。 「」から変わった子供向けの作品をちゃんと真面目に作る、というスタンスの中で、監督のシリーズは、一種の到達点といってもいい作品となっています。 さて、そんなシリーズの「 ビギンズ」ですが、非常に神話的なつくりとなっているのがポイントです。 という英雄譚 「ビギンズ」は、なんといっても演じるが、になる、というところが主眼となっています。 他のヒーローものでも、ヒーローになるまでというのは成長が楽しめて面白いところです。 マーベル系でいえば、が、能力を手に入れてでとして成長していくところに魅力があり、ヒーローになるまでがいかに魅力的か、というところもこの手の作品の楽しみ方だといえるでしょう。 さて、引き合いにだしたついでに簡単に説明しますと、よく、マーベル系は、DC系は神話として解説されることが多々あります。 正確なことをいえば違う部分もあるでしょうが、ざっくりと考えてしまうのであれば、民間伝承はあくまで、一般的な人物が英雄になっていく物語と考えるとわかりやすいと思います。 平凡で自信のなかった少年が能力を身に着けたことで、世界を守るために奔走する。 一方で、神話のようなものは、もともとの血筋や家柄といった部分が重視されるイメージです。 生まれがはっきりとしており、その血筋ゆえに争いに巻き込まれたり成長を余儀なくされ、やがてその血筋を示すために立ち上がっていくような物語が多い。 のは、まさにそんな人物になっています。 生まれたときからお金もちで、両親はであるシティについて慈善的な活動をしているけれど、両親が殺されたことで主人公は復讐に燃える。 は、生まれはよかったものの、であるシティの実情をあまり知らず、幼馴染のレイチェルに、通りを一本入っただけで貧しい人たちがあふれていることを知らされます。 両親を殺した犯人も、あっさり別の人物に殺されて、自分のお坊ちゃん加減に嫌気がさしたブルースは、その場にいた老人とコートを交換して、スラム街へと消えていきます。 「いいコートだ」 という老人の台詞で、がどういう風にみられているかがわかるというものです。 本人は自分自身の裕福さにはまったく気づかないわけですが、身なりや立ち振る舞いだけで、その人物がどのような人物かというのは、わかってしまうものです。 血筋はよくても、お坊ちゃんで世間知らずの男が、に落ちていく。 英雄譚においては、主人公はの経験による挫折を経験し、そこから這い上がってくるというのが、定型となっているところがポイントです。 人はなぜ落ちるのか。 「這い上がるためだ」 と、主人公の父親は息子に言います。 何度も出てくるセリフとなっており、これが物理的にもにも言い表した表現となっています。 失意の中でシティから去った彼は、なる人物と出会い、徹底的に鍛えられます。 ここで鍛えられたことにより、超人的な能力をもたないが、卓越した身体能力と精神力を身に着けた、ということがわかります。 また、このあたりの描写がなければ、スーと変わらないことになってしまいますので、物語内のリアリティを担保するのにも必要な場面となっています。 師匠であるとは考え方の違いにより一気に仲たがいしてしまいますが、シティを悪から救うため、彼は、に戻ることを決意するのです。 ただ、彼はまだになっていないのがポイントです。 彼がヒーローになるまで シティに7年ぶりに戻った主人公は、執事であるアッドや、父親の会社であるウェイン産業で左遷されていたフォックスの協力を得て、いわゆるとしての道具をそろえていきます。 ちなみに、には、小に井戸に落ち、そこで大量のコウモリに襲われたことがトラウマとなっています。 このことがというシンボルを考えるきっかけになり、且つ、自分自身がもっているトラウマを克服し、本当の意味でになるという視点を与えてくれます。 麻袋をかぶっている。 精神にダメージを与える薬をつかって相手を発狂させてしまうというキャターですが、はあっさり負けてしまいます。 屋敷には火を放たれて、彼は再び闇へと落下してしまうのです。 ちょっとやる気をだしたくらいでは、なかなかヒーローになれない演出も素晴らしいです。 現実にヒーローがいたら、というところを、挫折を用いてギリギリでリアリティをもたせようとしているところは素晴らしいです。 「アイアンマン」ほどではないにしても、主人公が色々試行錯誤しながら自分の使う道具やコスチュームについて考えるシーンも一役かっているところです。 「目立たないように、1万個ぐらい買いましょう」 と、マスクの部品の購入について進言する執事アッド。 彼の存在こそが、シリーズにおいて、重要になってくるのがポイントです。 母親のようなアッド 作品の全体を通していえることですが、執事であるアッドこそが、ブルースにとっての父親であり母親である存在になっています。 「俺を見捨てないのか」 と、弱気になるブルースに対して、アッドは 「決して(never)」と答える姿には心強さと安心感を覚えるところでしょう。 アッドとブルースの関係を含めて、本作品は、どのようにしてヒーロー()が誕生したのかを楽しめる作品となっています。 最大の敵といわれるジョーカーに関しては、「」の紹介時に書いていきたいと思いますが、現実とファンタのギリギリのラインをせめていく中で、ひずみとして誕生するジョーカー。 「 ビギンズ」のラストで、それとなく示されているところが素晴らしかったです。 そう、巨大な正義が生まれれば、当然、それに対応する巨大な悪が発生する。 魔王がいるから勇者がでてくるように、魔王がいるから勇者がでてくるとも考えられるわけです。 もしも、映画「ジョーカー」を予備知識の為にみるのであれば、とりあえず、ビギンズをみておけば、なんとなくの世界観がわかると思います。 あくまで映画「ジョーカー」は、ヒーロー不在の世界になっており、ヒーロー誕生以前の世界になっているためです。 いわば、お話になるまえの話。 プリクウェル(前日談)としてみる見方もあると思いますが、神話がはじまる前の世界が「ジョーカー」なのです。 はじまったあとは、他のシリーズに繋がっていると考えればいいでしょう。 以上、ジョーカー予習。 ヒーロー誕生秘話。

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