神戸製鋼 ラグビー。 神戸新聞NEXT|スポーツ|ラグビー神鋼、ダン・カーター退団 今後の去就は未定

神戸製鋼のラグビーW杯日本代表メンバーが会見で抱負 念願のW杯に臨む山中亮平「W杯で活躍する姿を見せるのが、平尾さんへの恩返し」

神戸製鋼 ラグビー

第56回日本ラグビーフットボール選手権大会兼トップリーグ総合順位決定トーナメント決勝、18季ぶりの優勝で平尾誠二の遺影を手に表彰式に臨む前川鐘平(2018年12月15日撮影)(平尾誠二-Wikipediaより) 黒木)今週のゲストはラグビー元日本代表、伊藤剛臣さんです。 伊藤さんは日本代表として、数々の国際大会に出場されたトッププレーヤーでしたけれども、そもそもラグビーを始めたきっかけをお伺いしたいです。 高校時代は野球やバスケットをやっていらしたということですが。 伊藤)家が柔道の道場を開いていました。 黒木)柔道をやっていらしたのですか? 伊藤)柔道と少年野球をやっていましたね。 中学校では柔道部と野球部がなかったものですから、兄がやっていたバスケットボール部に入りました。 高校は神奈川県の法政二高に入学したのですが、その当時の法政二高はスポーツが盛んで、野球をやろうと硬式野球部に入りました。 周りは猛者ばかりですよ。 いままで大きなバスケットボールを扱っていたので、野球の小さなボールは扱えないことに気が付いて、無理だと思い、野球部を辞めました。 そうして落ち込んでいるときに、学校の担任の先生と父親からラグビーを勧められました。 黒木)ラグビー部はあったのですか? 伊藤)ラグビー部はありました。 野球をさせてもらって、柔道もして、バスケットボールもして、全部がラグビーにつながりましたね。 やはりバスケットボールもよく走ってシュートをして、パスをして。 柔道も1対1で戦うので、ラグビーをやる準備は完全にできていました。 黒木)それでやり始めて、すぐに開花したのですか? 伊藤)高校3年生のときに、高校日本代表に選んでいただきました。 全国大会には出られなかったのですが、スコットランドに遠征させてもらいました。 黒木)大学時代には大学選手権で、25年ぶりに優勝をもたらしたと。 そこから神戸製鋼に入られたのですね。 伊藤)はい。 神戸製鋼はその当時、5年連続で日本一になっていました。 私は東京出身なので東京を出る気はなかったのですが、神戸製鋼さんが誘ってくださって。 最初は断ったのですが、1回神戸に来てみろと言われて神戸のみなさんに会ったときに、5年連続で日本一になっている人たちですから、ピカピカ光輝いていたのです。 格好よかったです。 ミスターラグビーと呼ばれた平尾誠二さんが、スーツでビシッと決めて男前で、格好いいわけです。 「伊藤、お前なぜ東京にこだわっているのだ。 俺は同志社大学を終わった後、イギリスに留学して、そこから神戸に来た。 男だったら1回外の飯を食ってみろ」と言われて、かっこいいなと思って。 ならば神戸製鋼に行こうと思いました。 黒木)本当に、敷かれたレールの上を歩いていらっしゃるという感じがしますけれども。 伊藤)そうですね。 高校時代から始めたラグビーに、人生の夢だとか目標、ロマンをいただいたのですよね。 僕が始めた高校1年生のときに、第1回ワールドカップが始まりました。 黒木)そういう時代が後押ししたということもありますね。 伊藤)そうですね。 やはりラグビー界から、たくさんのロマンと夢を貰いました。 黒木)ラグビーからたくさんのロマンを貰ったというのは、具体的にどんなことですか? 伊藤)世界と戦えるということですよね。 高校3年生のときに初めて飛行機に乗って、高校日本代表の遠征でスコットランドに行かせてもらいましたが、世界中に行けるのだ、世界と戦えるのだという、そういったロマンがあります。 黒木)スポーツは世界と戦えるのですものね。 法政大学3年時には大学選手権で25年ぶりに優勝をもたらした。 1994年度の全国社会人大会、日本選手権7連覇に貢献。 神戸をラグビーで勇気付けたいという思いを胸に、1999年・2000年度の全国社会人大会・日本選手権にて連覇を果たす。 さらに、トップリーグ開幕初年度の2003年にはチームを優勝に導いた。 その後もチームの中心選手として活躍し、数々の栄冠を手にした。 しかし、2011年の東日本大震災をうけ、消えないラグビーへの情熱と、震災で被害を受けた釜石に神戸での思いを重ね、トライアウトを受ける。 1998年のアジア大会では主将を務めるなど日本ラグビー界を長きにわたり牽引。 代表キャップ62は歴代8位の記録(2018. 5月当時)。 (9月17日放送分より) FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49.

次の

ダン・カーター神戸製鋼の年俸が凄い!ラグビー元オール・ブラックス|気になるアスリート

神戸製鋼 ラグビー

「KOBELCOスポーツスペシャル 第95回全国高校ラグビー大会」 ポスター 日本代表の歴史的な活躍で、興奮と感動に包まれたラグビーワールドカップ2015イングランド大会は記憶に新しいところ。 女子セブンズ(7人制ラグビー)日本代表もアジア予選を勝ち抜き、リオデジャネイロオリンピック出場権を獲得し、ラグビー界はますます盛り上がりを見せています。 そんな中、冬の風物詩である「全国高校ラグビー大会」の開幕が近づいてきました。 高校生ラガーマンたちの夢の舞台、聖地「花園」で開催される「全国高校ラグビー大会」。 神戸製鋼グループは、2005年度の第85回大会から高校ラグビーを支援し、毎日放送殿に特別協賛する事で「KOBELCOスポーツスペシャル」としてテレビ放映してきました。 今年も、夏の全国高校合同チームラグビー大会「KOBELCO CUP」と合わせ、全国の高校生ラガーマンたちを応援していきます。 今大会は各都道府県代表51校に加え、第95回の記念大会枠として前回4強の京都成章や、東海大相模(神奈川)、広島工、筑紫(福岡)の4校を加えた計55校で栄冠を争います。 連覇を狙う東福岡、春の選抜大会を制した東海大仰星(大阪)、統合により今回限りで名前が消えることとなった伏見工業(京都)など、どの試合も見逃せません。 また、これまで全国高等学校ラグビーフットボール大会の開会式の後に開催していた、女子選手による「U18花園女子セブンズ」を15人制ラグビーの試合として実施。 準決勝の前には「KOBELCO CUP」から選抜された「U18合同チーム東西対抗戦」が組まれており、大会を盛り上げます。 次回、日本で開催されるワールドカップで活躍する逸材が生まれるかもしれない本大会にぜひご注目ください。 神戸製鋼グループは、「全国高校ラグビー大会」、「KOBELCO CUP」を通して男女の高校生ラグビー選手たちを支援することで、裾野開拓・底辺拡大を図っていきます。 U18花園女子15人制 ~花園からオリンピック、そしてワールドカップへ~ 2016年のリオデジャネイロオリンピックでのメダル獲得に向け、日本ラグビーの最重要課題の一つである7人制及び女子ラグビーの普及・強化のために、2009年度にスタートした「U18花園女子セブンズ」。 今大会からは2017年に行われる女子ラグビーワールドカップアイルランド大会に向けて「U18花園女子15人制」として開催されることとなりました。 第5回全国高等学校女子合同チームラグビーフットボ-ル大会及び第2回全国女子ラグビーフットボール選手権大会高校の部をを参考に選出された高校3年生以下の女子選手44名が、開会式後に東軍・西軍に分かれて熱い戦いを繰り広げます。 第8回U18合同チーム東西対抗戦 ~もうひとつの花園~ 高校ラグビー活性化の一環として、準決勝の前座試合として合同チーム東西対抗戦が実施されます。 「KOBELCO CUP 2015」に参加した選手の中から東西25名ずつを選出し、部員不足により規定上「花園」に出場できない高校生ラガーマンたちに夢と希望を与え、高校ラグビー全体の盛り上げにつなげていきます。 「花園」だけでなく「もうひとつの花園」からも、世界に羽ばたく選手が出てくることでしょう。 各都道府県代表の選手たちの活躍をそれぞれの地元に伝えることができ、大会期間を通してよりドラマチックな番組構成となることが予想されることから、選手たちのモチベーションアップにつながると期待しています。 KOBELCOがサポートしている高校ラグビーをぜひご覧下さい。 実際の放送スケジュールは下記をご参照下さい。 インターネットライブ中継(毎日放送(MBS)).

次の

【ラグビー】NZ出身の22歳CTBローレンスが神戸製鋼コベルコスティーラーズ退部(ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン))

神戸製鋼 ラグビー

プロフィール [ ]• ポジションは、フルバック(FB)。 身長 180cm、体重 88kg• ニックネームはハマ、ユウちゃん。 U19日本代表 やU23日本代表 に選ばれたことがある。 来歴 [ ] 中学まではサッカーをしており、1年からラグビーを始める。 高校時代には高校日本代表に選ばれた。 、高校卒業後、に入学。 、卒業後、に加入。 同年に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の戦に途中出場で公式戦初出場を果たした。 、結婚。 、神戸製鋼コベルコスティーラーズを退団した。 神戸製鋼での公式戦出場は通算69試合であった。 関連項目 [ ]• - 明治大学時代の同級生。 - 明治大学時代の同級生。 脚注 [ ].

次の