磐城 甲子園。 磐城マネジャー・遠藤百恵さん、名将の父の教え胸に甲子園へ…鈴木尚広氏ら育てる

磐城高校野球部 第92回 選抜高等学校野球大会 21世紀枠で出場決定

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「2020年甲子園高校野球交流試合」(8月10日開幕)に出場する磐城(福島)のマネジャー・遠藤百恵さん(3年)が、ふたば未来学園高(福島)で監督を務める父・太さん(54)への感謝の思いを語った。 磐城野球部OBであり、2008年から16年まで同校監督も務めた太さんの助言を受けながら努力を重ね、マネジャーとして成長。 集大成の舞台でチームの勝利を願った。 一度はあきらめた甲子園。 交流試合が決まり、磐城ナインは活気ある練習を続ける。 百恵さんもマネジャーとして、練習補助や補食のおにぎり作りなどの仕事に追われながら、充実した日々を送る。 百恵さんにとって、高校野球は父と自分をつないでくれた特別な存在だ。 かつて磐城でも指揮を執った父は、相馬(福島)で元巨人の鈴木尚広氏を育成するなど、数多くの実績を持つ。 百恵さんも幼い頃から野球漬けの父を見て育った。 元々磐城を目指したのは「進学校で学びたい」という思い。 無事合格した1年春、野球部を見学。 懸命にボールを追う姿に心を打たれ、マネジャーになることを決めた。 以後は、父の車で送迎してもらう生活。 「父はもともと口数が多いタイプじゃないけど、車の中ではいつも楽しそうに話してくれて、それがうれしかった」と百恵さん。 「野球だけじゃなく、学校のことも話します。 学校の先生や野球部OBから『太先生の娘さん』って話しかけられることも多くて、学校生活も楽しい。 自慢の父です」と笑顔で話す。 中学時代は陸上部で、野球は一からのスタート。 特に苦労したのはスコアをつける事。 「書き方を父に聞いたり、スコアブックを見てもらいながら覚えました」。 太さんが録画した甲子園の試合を見たり、勧められたルールブックを読んだりして練習した。 父には、忘れられない思い出がある。 ある日車の中で「甲子園に連れて行ってもらうんだ」と話した百恵さんに「甲子園に連れて行ってもらうんじゃない。 お前はお前の役割を果たして、そこへ行くんだ」。 チームの一員として全力投球する事を伝えた。 磐城野球部の一員として父の言葉を守り、文武両道を貫く娘の姿を、ずっと見守ってきた太さん。 「適当にできない子なんでしょうね」と話す。 車中の時間は父にとっても宝物。 「一緒にいる時間が増えてありがたかった」。 時には疲れて車の中で眠る娘を横目に、よく頑張っているな、と感じてきたという。 交流試合では8月15日、国士舘(東京)と戦う。 「諦めかけていた夢なので、周りの人たちに感謝でいっぱい。 父の分まで勝って終わりたい」と百恵さん。 太さんも「センバツが中止になったときはかける言葉がなかった。 あの場所に行けるのは、一保護者としてとてもうれしい。 誰もが行ける場所じゃないので、いろんなものを見てきてほしい」とエールを送った。 親子の夢は、甲子園という最高の場所で結実する。 (小山内 彩希) 報知新聞社.

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磐城マネジャー・遠藤百恵さん、名将の父の教え胸に甲子園へ…鈴木尚広氏ら育てる(スポーツ報知)

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磐城高校野球部2020の出身中学 2019秋季東北大会メンバーの出身中学一覧です。 番 名前 位置 年 出身中学 中学所属 1 沖 政宗 投手 2 福島 平第三 いわきシニア 2 岩間 涼星 捕手 2 福島 植田 中学軟式野球部 3 小川 泰生 内野手 2 福島 植田 中学軟式野球部 4 今野 颯良 内野手 1 福島 平第一 中学軟式野球部 5 首藤 瑛太 内野手 1 福島 平第一 中学軟式野球部 6 市毛 雄大 内野手 2 福島 植田東 中学軟式野球部 7 樋口 将平 外野手 2 福島 上遠野 中学軟式野球部 8 草野 凌 外野手 2 福島 湯本第一 中学軟式野球部 9 竹田 洋陸 外野手 2 福島 四倉 いわき湖南ボーイズ 10 清水 真岳 控え 2 福島 中央台南 中学軟式野球部 11 佐藤 綾哉 控え 1 福島 中央台北 中学軟式野球部 12 國府田 将久 控え 1 福島 小川 いわき松風クラブ 13 馬上 斗亜 控え 2 福島 上遠野 中学軟式野球部 14 上田 賢 控え 1 福島 錦 いわき松風クラブ 15 白土 遥也 控え 2 福島 中央台南 中学軟式野球部 16 菅波 陸哉 控え 2 福島 大野 中学軟式野球部 17 野田 和孝 控え 2 福島 勿来第一 中学軟式野球部 18 栁澤 諄 控え 1 福島 磐崎 中学軟式野球部 19 鈴木 隆太 控え 1 福島 平第二 中学軟式野球部 19名が福島県内中学の出身選手です。 部員19名全員が福島県内中学の出身 選手です。 少数精鋭で意識の高い 練習に取り組み、久しぶりの甲子園 出場となりました。 気迫を表に出す気持ちのこもった投球 をし、130キロ中盤の速球に加えて、 スライダーなどの変化球を駆使して 三振も多く取れます。 小学6年時には2014東北楽天ジュニア に選抜合格しています。 高校進学時は私学の強豪校の誘いを 断り、文武両道の進学校である磐城高 に入学。 高校から始めた投手ですが、 2年秋にエースとして大会で好投し、 チームの選抜大会出場に大きく貢献。 伊達政宗にちなんだ名前と共に、 甲子園でのピッチングが楽しみです。 磐城高校の監督紹介 名前 木村 保 生年月日 1970年8月8日 出身地 福島県 学歴 磐城高ー東京電機大学 現役時代は捕手としてプレー。 高校時代は1年秋に正捕手となりましたが、 一時退部してしまったそうです。 翌春に 監督が替わり、仲間の誘いもあって復帰。 1年生たちと声出し・グランド整備から 再スタート。 3年時の春県大会でベスト4。 夏の県大会は第5シードでしたが、初戦で 敗退。 甲子園には行けませんでした。 大学で教職を取り、卒業後は安達東高・ いわき総合高・須賀川高などで野球部の 指導をし、須賀川高では夏県大会準優勝 まで進出。 2014年に母校赴任。 翌年より 監督に就任しています。 春秋の東北大会に 4回出場の実績を残し、2020春選抜大会に は21世紀枠での出場に導いています。 旧制磐城中学校を前身としていて、 通称は「磐高(いわこう、ばんこう)」。 クラブ活動は盛んで多くの部活が全国大会 出場をしています。 野球部・ラグビー部・ サッカー部・山岳部・テニス部などや 文化系でも吹奏楽部が強豪校として 知られています。 県内有数の進学校であり、 偏差値は68。 多彩な能力を持った方々が卒業生 として色々な方面で活躍されています。 磐城高校2020戦績 出場した主な大会 大会戦績 秋季県大会 ベスト4 秋季東北大会 ベスト8 第92回春選抜大会 2020チームは秋季大会で躍進。 3位決定戦を1点差で勝ち上がり、 秋季東北大会では1回戦で東海大 山形高に6-0で勝ち、2回戦の 能代松陽高にも2-1で競り勝って 準々決勝に進出。 実に46年ぶりの 8強でした。 上記結果などが加味され 21世紀枠で春甲子園大会出場となり ました。 甲子園には2020春選抜大会を含めて 春夏通算10回の出場を誇ります。 福島県勢唯一の甲子園準優勝経験の ある学校です。 🏆 栄 光 の 歴 史 🏆.

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磐城野球部OBであり、2008年から16年まで同校監督も務めた太さんの助言を受けながら努力を重ね、マネジャーとして成長。 集大成の舞台でチームの勝利を願った。 一度はあきらめた甲子園。 交流試合が決まり、磐城ナインは活気ある練習を続ける。 百恵さんもマネジャーとして、練習補助や補食のおにぎり作りなどの仕事に追われながら、充実した日々を送る。 百恵さんにとって、高校野球は父と自分をつないでくれた特別な存在だ。 かつて磐城でも指揮を執った父は、相馬(福島)で元巨人の鈴木尚広氏を育成するなど、数多くの実績を持つ。 百恵さんも幼い頃から野球漬けの父を見て育った。 元々磐城を目指したのは「進学校で学びたい」という思い。 無事合格した1年春、野球部を見学。 懸命にボールを追う姿に心を打たれ、マネジャーになることを決めた。 以後は、父の車で送迎してもらう生活。 「父はもともと口数が多いタイプじゃないけど、車の中ではいつも楽しそうに話してくれて、それがうれしかった」と百恵さん。 「野球だけじゃなく、学校のことも話します。 学校の先生や野球部OBから『太先生の娘さん』って話しかけられることも多くて、学校生活も楽しい。 自慢の父です」と笑顔で話す。 中学時代は陸上部で、野球は一からのスタート。 特に苦労したのはスコアをつける事。 「書き方を父に聞いたり、スコアブックを見てもらいながら覚えました」。 太さんが録画した甲子園の試合を見たり、勧められたルールブックを読んだりして練習した。 父には、忘れられない思い出がある。 ある日車の中で「甲子園に連れて行ってもらうんだ」と話した百恵さんに「甲子園に連れて行ってもらうんじゃない。 お前はお前の役割を果たして、そこへ行くんだ」。 チームの一員として全力投球する事を伝えた。 磐城野球部の一員として父の言葉を守り、文武両道を貫く娘の姿を、ずっと見守ってきた太さん。 「適当にできない子なんでしょうね」と話す。 車中の時間は父にとっても宝物。 「一緒にいる時間が増えてありがたかった」。 時には疲れて車の中で眠る娘を横目に、よく頑張っているな、と感じてきたという。 交流試合では8月15日、国士舘(東京)と戦う。 「諦めかけていた夢なので、周りの人たちに感謝でいっぱい。 父の分まで勝って終わりたい」と百恵さん。 太さんも「センバツが中止になったときはかける言葉がなかった。 あの場所に行けるのは、一保護者としてとてもうれしい。 誰もが行ける場所じゃないので、いろんなものを見てきてほしい」とエールを送った。 親子の夢は、甲子園という最高の場所で結実する。 (小山内 彩希).

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