明治 神宮 神様。 【保存版】明治神宮に初詣に行くときに知っておきたい豆知識│マメマブログ

【明治神宮】8つのパワースポット

明治 神宮 神様

「神」ということばは中国で生まれ日本に定着しました。 神にはもともと天帝など天に住まう者、関羽や老子など偉人(人知を超えた者)という意味があり、日本では自然霊と先祖という意味も含まれます。 神という語句自体が複数なんですよ。 神道では人が死ねば神の端に列せられます。 明治神宮の傍にも平田篤胤を祀る平田神社があります。 靖国もそういう祖霊社です。 だから亡くなった明治天皇は神なんです。 >何かを奉納するどころか、自分の厄を祓って貰うのが絶対に先ですよね。 ぜんぜん違いますね。 奉納と祈願は参拝の一連の作法です。 奉納することでご利益を得るのです。 御利益とは願いが叶う事ではありません。 願いが滞りなく発揮されることです。 残念ながら現代の大相撲協会は金儲け至上主義で怪我を治す暇もなく巡業などで稼いでいるから怪我をすればご利益を得るどころじゃありませんよ。 だいたい「なぜ明治神宮?」って疑問すらありますよね。 だって明治神宮には武道場があるものの外苑を含めて相撲場はないんですよ。 靖国神社にはちゃんとありますのに。 むしろ昭和天皇の相撲好きの方が有名なのにね。 だったら昭和天皇陵に行ってやればいいと思いません?神社の形式をとっていなくたって廟であることに変わりはないのですから。 まあいわば慣例です 稀勢の里は個人的に何か別のことをしているでしょう 以下明治神宮 明治神宮と相撲とのかかわりは創建前(明治神宮は大正9年に創建)の大正7年(1918)6月1日、明治神宮外苑の地鎮祭に際し、大日本相撲協会によって地固相撲の神事が行われたことに始まります。 次いで大正9年(1920)11月2日に明治神宮創建を奉祝して相撲大会が青山練兵場(現在の外苑)にて行われ、大錦横綱方と栃木山横綱方とが分かれて勝敗を競い合い、大錦方が大勝して優勝旗を掲げながら神宮に参拝しています。 また大正11年(1922)11月2日には、大錦が拝殿前石階下にて横綱土俵入りを奉納した記録があり、これが明治神宮で行われた最初の手数入り(でずいり)です。 そして大正14年(1925)11月1日に、当時の栃木山・西ノ海・常の花の三横綱が大前の参拝に続いて、豪快な手数入りを奉納して、3日に明治神宮相撲場(外苑)にて第1回大会が開催されました。 これが現在、明治神宮例祭を奉祝して秋に行われる「全日本力士選士権大会」通称・明治神宮相撲大会のはじまりでした。 つぎに横綱の推挙状授与式ですが、横綱の推挙状は江戸時代からはじまり、相撲司の吉田襖風家からその邸宅の祭場で授与されていたようで、第40代東富士までは熊本の司家より横綱免許状が出されていました。 そして第41代千代の山より、明治神宮の神前において相撲協会から推挙状が出されることになり、昭和26年6月8日、神前ではじめて横綱推挙式と手数入りが行われ、以来、恒例として横綱推挙式は明治神宮で行われることとなりました。 現在では横綱推挙式のほか、正月の手数入り(例年1月5~7日ころ)と秋の相撲大会に横綱土俵入りが行われます。 ちなみに「手数入り」の「でず」とは、わざの意味で吉田司家の口伝に横綱土俵入りを「手数入り」といったことから由来します。

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明治神宮

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明治神宮のおみくじである大御心は表に歌、裏側には解説が書かれております。 ここでは私の解釈をいれず、書かれているものをそのまま写して生きたいと思います。 1番 『神衹』 明治天皇御製(一) 『神衹』 目に見えぬ神にむかひてはぢざるは 人の心のまことなりけり 普通では目に見ることができない神様に向かって、少しも恥ずかしくないという清らかな正しい心境というものは、誠の心で、それは私達にとって最も貴いものであります。 誠実であれば、いつどこでも誰に向かっても恥ずかしくなく、これほど自信に満ちた力強いものはありません。 実社会にあって常に判断を誤らず、正しく進んで行くためには、誠の心が一番大切です。 (誠は幸福の基本です) 2番 『慎独』 昭憲皇太后御歌(二) 『慎独』 人しれず思ふこころのよしあしも 照し分くらむ天地のかみ 誰にもわからないであろうと、心の中でひそかに思うことでも、天地の神々は、ちゃんと其の善悪をば、ご存知であるにちがいありません。 昔から「独を慎む」という言葉があるように、他人が見ていようがいまいが、悪いことをしてはなりません。 神々様は、すべてを見通していらっしゃいます。 (明るい生活は秘密のないことから始まります) 不撓不屈(ふとうふくつ):強い意志をもって、苦労や困難にもくじけず挑戦するようす。 4番 『人』 昭憲皇太后御歌(四) 『人』 人はただすなほならなむ呉竹の 世にたちこえむふしはなくとも 人は何よりも第一に、素直でありたいものです。 たとえ、あの竹の節のように、世の中に目立って優れた才能が有る無しには拘わりません。 どのように才能が優れていても、心がひねくれていては、すべての事がゆがんで見え、不平や不満が絶えず、苦しみ悩むことになります。 何よりも先ず、心が素直であることが、明るい人生への出発点であります。 先ず第一に心は素直であるように 5番 『山』 明治天皇御製(五) 『山』 萬代の国のしづめと大空に あふぐは富士のたかねなりけり 千代に八千代に益々発展する日本の国の鎮護として、いつも大空に仰ぐのは富士山のあの気高い姿であります。 東海の天に聳える富士の高嶺を仰ぐとき、日本の国の姿をまのあたりに見る心地がして、神々しく、清々しく、なつかしく感じます。 祖先から受継ぎ子孫へ伝えて行く立派な国としてお互いに国民の責任を為し遂げるように努力をお誓いいたしましょう。 (国民の自覚を強くし責任を重んじましょう) 6番 『心』 昭憲皇太后御歌(六) 『心』 むらぎもの心にとひてはぢざらば よの人言はいかにありとも 自分の良心にきいてみて、少しも恥ずるところがなければ、世間の人は何と言おうと、動揺することはありません。 世間の批評は千差万別で、必ずしも一致しません。 自分の良心にきいてみて、正しいと信じたならば、他人の言葉に迷わないようにいたしましょう。 良心は神に通じます。 (自信を強く持つこと) 7番 『折にふれて』 明治天皇御製(七) 『折にふれて』 さまざまのうきふしをへて呉竹の よにすぐれたる人とこそなれ 竹の幹が多くの節を持って、どんな風雪にも堪えられるように、人はさまざまの艱難辛苦 かんなんしんく を凌いで、はじめて世の中に優れた人となるのです。 「艱難汝を玉にす」という諺があるように、人は大きな試練に打ちかってこそ、立派な人格をつくり、すぐれた事業も大成することが出来ます。 (努力なくして成功はない) 8番 『心』 昭憲皇太后御歌(八) 『心』 日に三度身をかへりみしいにしへの 人のこころにならひてしがな 一日に、三度もわが身を反省したという、昔の立派な人の心に習いたいものです。 昔、曾子という人は、「人のために忠実か」、「友と交わって信実か」、「修養を怠っていないか」と、毎日三度、わが身を反省しました。 これが向上進歩の基となります。 人はとかく、うぬぼれがちですから。 (反省は修養の基、幸福の種まき) 9番 『折にふれて』 昭憲皇太后御歌(九) 『折にふれて』 世の中の人におくれをとりぬべし すすまむときに進まざりせば 世の中は日進月歩で、絶えず進歩しています。 もしも日頃の努力を怠ると、進むべき時に進まれず、世間から取り残されてしまいましょう。 社会は遠い祖先の時代から、人々の協力によって今日の文明を気づいて来ました。 お互いに協力をして、世の中のお役に立つようにつとめましょう。 (責任あることは必ず為しとげましょう) 10番 『耳』 昭憲皇太后御歌(一〇) 『耳』 人ごとのよきもあしきも心して きけばわが身の為とこそなれ 世間の人の言葉は、良いことも悪いことも、さまざまと耳に入って来ますが、これを注意して聞けば、すべてわが身のためとなります。 人々の言葉はさまざまです。 それを聞き流さず、或はこれに左右されて、つまらぬ心配をしないで、注意深く聞くことが大切です。 心がけ次第で、世間のことは何でも役に立つものです。 (人々の言葉に注意して、わが身のためと聞きましょう) 11番 『孝』 明治天皇御製(一一) 『孝』 たらちねの親につかへてまめなるが 人のまことの始なりけり 心をこめて、父母にお仕えすることが、人のまことの行いの始まりであります。 親と子の敬愛の情は、生まれながらの自然のものです。 これが人の誠の始まりで、広く社会生活を営む基本となります。 (孝は人の行いの基本です) 12番 『鏡』 昭憲皇太后御歌(一二) 『鏡』 朝ごとにむかふ鏡のくもりなく あらまほしきは心なりけり 毎朝、私達が向う鏡が綺麗であると、まこと気持がよいように、人の心も、いろいろのものを写す鏡でありますから、常に清く澄み明らめておきたいものです。 自分の心が曇っていては、不愉快であるばかりでなく、物事を正しく理解することが出来ません。 誤解や間違は不幸のもととなりますから、いつも心の鏡を磨きましょう。 心の鍵をいつも清く明らかにいたしましょう 13番 『心』 明治天皇御製(一三) 『心』 しのびてもあるべき時にともすれば あやまつものは心なりけり 人の心は、耐え忍んでいなければならないときに、つい辛抱しきれないで、軽はずみをして、取り返しのつかない失敗をするものです。 皆、自分の修養が足らないからです。 辛抱と努力とは、人生の大切な心がけです。 堪忍出来ない時に、よくよく我慢するのが本当の堪忍です。 勝利とか成功とかは、最後の五分間にあると言われ、短期は損気とも言われます。 (忍の一字に徹しましょう) 14番 『述懐』 昭憲皇太后御歌(一四) 『述懐』 あやまたむことを思へばかりそめの ことにも物はつつしまれつつ 世の中は、とかく過ちが起こりやすいものです。 これを避けようと思えば、どんなつまらない小さなことでも、万事慎重に取扱わないではいられなくなります。 人間は万物の霊長といわれますが、又、意馬心猿と言う古い諺もあって、野生の一面もあります。 心の手綱をゆるめずに大事をおそれず、小事をもあやまたず、慎み深くいたしましょう。 (油断は大敵です) 泰然自若(たいぜんじじゃく):落ち着いていてどんなことにも動じないさま。 16番 『勤労』 昭憲皇太后御歌(一六) 『勤労』 みがかずば玉の光はいでざらむ 人のこころもかくこそあるらし どんな立派な宝石や真珠でも、磨かないで生地のままでは、あの美しい光は出て来ないでしょう。 人の心も、それと全く同じはずで修養練磨を怠ってはなりません。 人は努力を惜しまずに、毎日自己を磨き鍛えることによって苦しさ辛さに打ち勝つ立派な人に成長し、正しい道を歩むことが出来ます。 (磨かざれば光なし) 17番 『日』 明治天皇御製(一七) 『日』 さしのぼる朝日のごとくさはやかに もたまほしきは心なりけり 空高く昇っていく朝日のように、いつもすがすがしく、明るくさわやかな心を持ちたいものです。 朝日の昇るのをみると、誰でもさわやかな心になります。 この時の気分で、毎日生活できたら、どんなに楽しく幸福でしょう。 毎朝神様を拝むことも、いつも神徳を仰いで清々しい心で、一日を幸せにはたらくためです。 (心はいつも清く明るく持ちましょう) 18番 『沈黙』 昭憲皇太后御歌(一八) 『沈黙』 すぎたるは及ばざりけりかりそめの 言葉もあだにちらさざらなむ 何事でも、過ぎたるは及ばざるにしかず、と言って、行き過ぎはよろしくありません。 特に言葉については、どんな一寸したことでも軽々しい口をきいてはいけません。 むしろ沈黙の方が良い場合があります。 不用意の言い過ぎが誤解を生じたり、不幸を招いたりする事になります。 つまらない噂等が、社会の秩序を脱したり、家族の不和を招いたり、友人との誤解を起したりします。 (言葉づかいに気をつけましょう) 19番 『巌上松』 明治天皇御製(一九) 『巌上松』 あらし吹く世にも動くな人ごころ いはほに根ざす松のごとくに たとえ、どのように嵐が吹きすさぶ、はげしい世の中の変動に会っても、あの巌の上に、どっしりと根を張っている松の大木のようにしっかりとした信念を持って、心を動揺させてはなりません。 世の中は、いつも平穏無事ではありません。 お互いの生活でも吉凶禍福は次々と起こって来ます。 このような社会に生き抜くためには、常に修養につとめ、巌上の松のように、不動の信念の根を養いましょう (不動の信念) 20番 『謙遜』 昭憲皇太后御歌(二〇) 『謙遜』 高山のかげをうつしてゆく水の ひききにつくを心ともがな 高い山の姿を写して、谷川の水が段々と低いほうへ流れて行くように、誰でも理想は高く、身はつつましく、ということを心がけたいものです。 誰でも生まれながらに、尊い人格を親から授かっていることでは平等です。 お互に敬愛の心が大切です。 ここに謙遜の美しい徳があります。 (心は高く、身はつつましく) 21番 『道』 明治天皇御製(二一) 『道』 ならび行く人にはよしやおくるとも ただしき道をふみなたがへそ 多くの人々と並んでいく世の中で、たとえ、他の人々にはおくれることがあっても、あまり急いで、正しい道をふみあやらまらいでほしいものです。 成功を急いで、方法を選ばず、ついには大きな失敗を招いた実例は沢山あります。 急がば廻れというたとえのように、最初の信念を貫いて、正しい道を着実に進みましょう。 (堅実な歩みが大切です) 22番 『寧静』 昭憲皇太后御歌(二二) 『寧静』 いかさまに身はくだくともむらぎもの 心はゆたにあるべかりけり どのように身を打ちくだき、力をつくし、忙しい仕事に熱中しても、心はいつも落ち着いて、広く豊かに、ゆとりを持つように心がけることが大切です。 人生の航路は決して平穏ではありません。 多くの難関を乗り越えなければなりません。 たとえ、骨身をくだくような時でも、心はいつも平静に豊かに心がけることが大切です。 この心がけが健康長寿の基であり、万事成功の秘訣です。 心はいつも平静に豊かに保ちましょう 23番 『誠』 明治天皇御製(二三) 『誠』 とき遅きたがひはあれどつらぬかぬ ことなきものは誠なりけり 物事を為し遂げるまでには、人によって早い遅いの違いはありますが、どんな時でも、誠実な心さえあれば、その心を貫き通すことが出来ます。 誠から出発したことは、必ず成し遂げられます。 どんなに巧みな手段方法でも、真実がなければ、成功はおぼつかない。 正直者が馬鹿をみるといいますが、最後の勝利は誠実にあるのです。 (誠実は成功の基です) 24番 『智』 昭憲皇太后御歌(二四) 『智』 おこたりて磨かざりせば光ある 玉も瓦もひとしからまし なまけて磨くことを怠ったならば、立派な光をもつ宝石も、瓦や石ころと同じで、何の役にも立たなくなります。 明治天皇の教育勅語にも、知能を啓発し、徳を立派にし、更に進んで公益を拡めよ、とお教えになっています。 お互いの身には磨けば磨くほど、向上進歩する才能が祖先から授かっていることを信じて学徳の練磨にはげみましょう。 (知能も熱心に磨かなくては光を発しません) 25番 『天』 明治天皇御製(二五) 『天』 あさみどり澄みわたりたる大空の 広きをおのが心ともがな あさみどり色に晴れて澄み渡った大空のように、広い大きな心を、お互いの心として、日々の生活に励みたいものです。 私達は心の持ち方によって、人生建設の成功、不成功がきまります。 狭い心では大事は成功しません。 常に広々と澄み渡った大空のような大きな心で進みましょう。 (心は広く大きく) 26番 『義』 昭憲皇太后御歌(二六) 『義』 茂りたるうばらからたち払ひても ふむべき道はゆくべかりけり トゲの茨、針のついた枸橘などの生い茂っている困難な道でも、人として踏み行わなければならない正しい道は、どんなに苦労しても、強い信念を持って、勇敢に進むべきです。 未開の天地を拓き、狭い道をも広く、文化を常に高めて行くことが、創造の活きで、人生の生き甲斐というものです。 どんな困難をも正義によって勇敢に打開して進みましょう。 (あらゆる困難を切り開いて、よりよい世の中へ) 27番 『峯』 明治天皇御製(二七) 『峯』 大空にそびえて見ゆるたかねにも 登ればのぼる道はありけり 大空に高くそびえ立っているけわしい峰々にも、登って行けば、自然と登り得る道はあるものです。 只必要なのは、勇気と努力とです。 昔は不可能と思われたヒマラヤ、アルプス等の頂上も勇気とたゆまぬ努力とによって、見事に登ることが出来ました。 人生の行路も同様です。 (精神一到すれば、何事も成功する) 28番 『衛生』 昭憲皇太后御歌(二八) 『衛生』 かりそめのことは思はでくらすこそ 世にながらへむ薬なるらめ つまらぬことをくよくよと、ぐちをこぼしたり、取越苦労をしないようにして、日々を暮すことこそ、健康長寿の良薬であります。 とかく人間は目先のことに捕われて、過ぎ去ったことをくよくよと考えたり、取越苦労して、無駄なエネルギーを費しがちです。 これは愚なことです。 今日一日を感謝しつつ、精一杯に励むことが、幸に恵まれたる基です。 (取越苦労をしないで、精一杯に働きましょう) 29番 『水』 明治天皇御製(二九) 『水』 器にはしたがひながらいはがねも とほすは水のちからなりけり 水は円に四角に、さまざまな容器に順って逆 わないけれども、時と場合によっては、堅い岩石をも貫き通す、実に驚くべき力があります。 「水は万物を利して争わず」と言われ、或は人の体も七割は水 だと言われます。 水は万物を育てながら、何も関係無いように黙々として争いません。 しかし柔よく剛を制する力がひそんでいます。 人も水の徳に学ぶべきことが多くあります。 水の徳に学びましょう 30番 『糸』 昭憲皇太后御歌(三〇) 『糸』 一すぢのその糸ぐちもたがふれば もつれもつれてとくよしぞなき 糸巻を解こうとして、間違って糸口を見失うと、もつれもつれて、遂には解きほぐす方法が、なくなるものです。 世の中も糸巻と同じように、複雑でもつれ易いものです。 お互の立場々々をよく理解し合って、自分の行くべき道を間違えぬように気をつけ、難しい問題は、よく研究して、解決の糸口を見出しましょう。 (糸巻を解く心得で世を渡る) まとめ 近くにお住まいの方は、毎月一度参拝して大御心をいただき、今月心がけるべきことを教えてもらうというのも良いかもしれませんね。

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明治神宮へのアクセス・行き方

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『 日本の神さまと上手に暮らす法』(中村真著、ダイヤモンド社)の著者は、10代から20代にかけて世界中を旅していたため、日本の魅力について考えることなどなかったのだと明かしています。 放浪後は音楽やイベント関係の仕事に就き、当然のことながら宗教にも無関心。 現在も、特定の宗教は持っていないといいます。 ところが、世界を見てさまざまなライフスタイルに触れるうち、「人間が幸せに暮らすための普遍的な価値」について考えるようになったのだとか。 その末にたどりついたのが、「自然を大切にし、1日1日をいつくしんで暮らす」ということ。 そして、環境問題に興味を持ち、エコロジー雑誌の発行人になり、ライフワークとして自然と暮らしの関わりを追求していくうちに、日本の神さまの存在を意識するようになったのだということ。 そんな経緯を経てきた現在は、「日本の神さま」をちょっと意識することで、心の背すじがピンと伸びると主張しています。 また、「日本の神さまとのつきあい」を日々に取り入れれば、本来の自分を取り戻すことができるとも。 とはいえ、「そもそも、神さまについて基本的なことを知らない」という方も少なくないはず。 そこできょうは、基本的なことが解説されているChapter 5「知っておくと世界が広がる神さまのこと ~『神社にまつわる豆知識』をおさえておこう~」に焦点を当ててみましょう。 神社には2種類ある 著者は「あくまで個人的な考え」であると断ったうえで、神社は大きく分けて2種類あるとしています。 1.人を祀っている神社 2.自然を祀っている神社 1の「人」といってもいろいろで、まず「パターンA」は祖先崇拝。 たしかに東京の原宿にある明治神宮は明治天皇、日光の東照宮は徳川家康など、どちらも「人/祖先」を祀った神社です。 ちなみに第二次世界大戦で命を落とした人たちを祀っている靖国神社には、明治維新、戊辰戦争、日露戦争など、明治以降の国内外の戦争で戦った人たちも祀られています。 そして、人を祀っている神社の「パターンB」は、祟り封じ。 この根底には、祟りをとても恐れるという日本人の国民性があるといいます。 2の自然を祀っている神社は全国いたるところにあり、龍神や蛇神を神の使いとして信仰する神社が多いのだそうです。 自然崇拝の地として代表的なのは、和歌山の熊野。 熊野三山は仏教色の濃い神社で、千手観音や菩薩さまも祀られているものの、もともとは熊野川、那智の滝、琴引岩をそれぞれ神とする別々の自然信仰だったのだといいます。 そこに神道や、神仏習合によって仏教がまじり、現在の熊野三山になっているわけです。 そして1と2の「まじりあい」が、日本的なところだと著者は記しています。 人と自然が一緒に祀られているケースもたくさんあるということ。 そもそも神道自体が自然信仰と祖先信仰と農業信仰、仏教もまじって成立したものなので、曖昧さは多く見られるとか。 ところで、「この神社に祀ってある神さまはなんだろう?」と疑問に感じたら、鳥居を見てみるといいのだそうです。 鳥居の上部、横に並ぶふたつの柱がまっすぐ平行なものは、人をお祭りしている神社。 ちょっと上に跳ね上がっているものは、自然をお祀りしている神社が多いから。 すべてがそうだとはいい切れないものの、多くの鳥居に見受けられる違いはここ。 (203ページより) 神社と大社はどう違う? 日本で参拝数の多い神社といえば、伊勢神宮と出雲大社。 しかし、神宮と大社は、神社ではないのでしょうか? この疑問について、著者は次のように答えています。 どちらも神社でいいのですが、「神宮」とつくのは天皇を祀っている神社。 代表格の伊勢神宮に祀られているのは、天皇の祖先神である天照大御神。 また出雲大社のように「大社」とつくのは、国津神が祀られていた神社のうち、もともと勢力が大きかったところ。 他に宗像大社、熊野本宮大社などがあるそうです。 「神明社」とつく神社には天照大御神が祀られていることが多く、明治以降につくられた名称が多いとか。 ただし分類はあくまで目安にすぎず、例外も多数。 人がつけた目印のようなものなので、あまりこだわらなくていいと著者は記しています。 (209ページより) "2大メジャー"は八幡さまとお稲荷さん 神社と聞いてすぐに思い出すのは、「八幡さま」と「お稲荷さん」ではないでしょうか。 それもそのはずで、小さな祠(ほこら)のようなものまで含めれば、八幡宮(八幡神社)はおよそ4万社、稲荷神社は3万社ほどもあるのだといわれているそうです。 そして、八幡さまは戦いの神さま、お稲荷さんは商いの神さま。 八幡さまの総本山である大分県の宇佐神宮に祀られているのは、応神天皇と神功皇后。 応神天皇は第15代天皇であり、文武両道といわれた戦いの神様でもあるそうです。 応神天皇の霊を「御霊分け」でいただいて全国各地で祀ったのが、4万を超える八幡宮だというわけです。 そんな八幡宮が広がったのは、戦国時代のこと。 当時は戦いが一生をかける仕事だったため、どこの国の殿さまも自分の領土に戦いの神さまをお祀りし、武将たちは熱心に祈願していたのです。 「どれも八幡宮で、もとをたどれば同じ神さまの支店みたいなものなのに、いろんな国から『わが軍を勝たせてください!』と祈られても困るんじゃ... ?」という疑問がわかなくもありませんが、昔の人は大らかで、あまり気にしなかったのかもしれません。 (212ページより) さて、徳川家康が天下を取って江戸時代が始まると平和が訪れ、人々の仕事は戦いから商売へ。 武士は引き続き八幡さまにお参りしていたとはいえ、そんなことから以後は商売繁盛のお稲荷さんが庶民の人気を集めたのだそうです。 なお稲荷神社の総本山は、京都にある伏見稲荷大社。 赤い千本鳥居が有名で、外国人観光客の人気スポットとしても有名です。 伏見稲荷と愛知県の豊川稲荷、佐賀県の祐徳稲荷は、三大稲荷として知られています。 『古事記』によると、ここに祀られている宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は穀物の神さまで、当初は素朴な土着信仰だったのだとか。 それが五穀豊穣を願う農家の人たちの信仰を集め、江戸時代以降は商売の神さまという解釈にまで広がっていったということです。 (211ページより) お稲荷さんのルーツは? なおここで著者は、お稲荷さんのルーツについても解説を加えています。 それによると、ルーツには諸説あるのだとか。 たとえばそのひとつが、伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大御神と宇迦之御魂神は同一の神さまだというもの。 天照大御神の食を担うために呼ばれた豊受大御神は、衣食住の神さま。 宇迦之御魂神と守備範囲が同じで、豊受の「ウケ」と宇迦之御魂神の「ウカ」が近いことから、この説が生まれたということのようです。 ちなみに「お稲荷さん=キツネ」というイメージがあるかもしれませんが、キツネは祀られているわけではなく、神さまのお使いとして神社にいるのだそうです。 しかもキツネのルーツは、はるか1500年前だというから驚きです。 552年に日本に伝来した仏教は、それまで日本にあった素朴な自然信仰とまじりあうことになります。 これが神仏混淆(しんぶつこんこう)。 稲荷神社も神仏混淆で、もともと祀られていた宇迦之御魂神と仏教の荼枳尼天(だきにてん)が混淆して祀られるようになったということ。 荼枳尼天のお使い役はキツネであり、キツネに乗った女神の絵も残されていることから、キツネがお稲荷さんのシンボルになっていったといわれているそうです。 「お稲荷さんは怖い。 お礼参りをしないと祟られる」といわれることがありますが、これは「キツネは霊験が強い」といわれていたから。 特に仏教色が強い豊川稲荷は、「お参りをすると必ず応えてくれる。 そのかわりお礼参りをしなかったら罰が与えられる」と信じられていたため、そこから「安易にお稲荷さんにお参りしちゃうと、その後が大変だよ」という俗説が広まっていったということのようです。 (213ページより).

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