ミッド サマー コニー。 ミッドサマー (映画)

ミッドサマー (映画)

ミッド サマー コニー

『ミッドサマー』で語られる物語は決して魅力的とは言えない。 不自然なまでの陽光の中、対比されるが如く描かれる陰鬱とした物語は、確かに一度観たら忘れがたいものだ。 だが、多くの鑑賞者が行き付くところは「これは映画は癒やしである」というもの。 なぜなら、これも多くの批評家が論じているように、家族の喪失と失恋の苦痛を乗り越えていく様を非常に端的に描いているからだ。 はっきり言ってしまえば、よくある人間ドラマなのである。 だから監督のアリ・アスターが「これはホラー映画ではない」というのもうなずける。 だが、『ミッドサマー』の面白さは物語ではなく、それを紡ぐ手法にある。 その手法が紛れもなくホラーであり、恐ろしいものなのだ。 そのやり口は『ヘレディタリー/継承』と殆ど同じものだが、プロデューサーのパトリック・アンダーソンが作り出したホルガ村という特殊な舞台を得たことによりブーストされ、より狡猾になっている。 観客は鑑賞中、不安で鬱々とした気分に苛まれる。 ところがラストシーンのダニの笑顔を観た瞬間、全ての感情が反転する。 彼女は彼女を縛っていた全てのシガラミから解放され、とびきりの笑顔を見せるのだ。 この笑顔に観客たちの不安で鬱々とした感情は一気に幸福へと昇華。 異様なまでの高揚感に我を忘れる事になる。 この高揚感には、ちょっとした秘密がある。 『ミッドサマー』は、観客の気づかぬ所に様々な仕掛けがしてあるのだ。 この仕掛けが『ミッドサマー』の魅力なのである。 内容が被っていたらご容赦願いたく……。

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【2代目抱っこ紐】コニー抱っこ紐サマーを使ってみたよ

ミッド サマー コニー

映画『ミッドサマー』のあらすじとネタバレ 参考:製作会社A24のツイッター Try and get some rest 🌻 — A24 A24 ダニとクリスチャンのカップルは長く交際していますが破局寸前。 しかしある日ダニの妹が両親を殺した後に自殺する事件が起こり、クリスチャンは別れを告げることを止まります。 クリスチャンは夏、友人のマーク、ジョシュ、ペレとスウェーデンの田舎町ハルガを訪れる予定でした。 クリスチャンとジョシュが文化人類学専攻のこともあり、ペレが彼らを「自分の故郷で90年に一度しか開催されない夏至祭が開催されるから来てはどうか」と誘ったのです。 内緒で旅行を決めていたクリスチャンはダニに責められ、彼女も連れて行くことにしました。 ハルガに着いた一行は彼らと同様夏至祭を見に行くカップルのコニーとサイモン、ペレの妹マヤや村の人々と出会います。 住人たちは皆白い衣服を見に纏い踊ったり駆け回ったりなんとも牧歌的。 2日目、しきたりに従って村人全員と共に食事をするダニ一行。 誕生日席には青い衣服を着たおじいさんとおばあさんが座っています。 食事が終わるとおじいさんとおばあさんは神輿のようなものに乗せられて、村の高い岩場へ連れて行かれました。 昼寝のため宿舎へ戻ったマークを除き、ダニ、クリスチャン、ジョシュはペレら村の人たちと何が起こるのか見に行きます。 おじいさんとおばあさんは手のひらを切りつけて血を岩版にこすりつけ、そのまま下に飛び降りて死にました。 あまりにショックな出来事に呆然とするダニたち。 人は皆生命の輪の中で生きており、72歳で自死を選ぶのは村のしきたりだと説明されます。 ダニは両親の死を思い出し帰ることを思い立ちますが、ペレに説得され止まりました。 3日目。 昨日の事件を見て村を出ることを決めたコニーとサイモンですが、サイモンの姿が見当たりません。 村人たちはサイモンが先に駅に向かったと言いますが、コニーは彼がそんなことをする訳がないと答えます。 クリスチャンは、ジョシュが論文のテーマに既に選んでいるこの村のことを自分も書きたいと言い出し、二人は喧嘩に。 仲裁したペレは、村の長老たちに論文に書いていいか尋ねると言います。 ジョシュはとある建物の中で近親相姦によって生まれたルーベンという名前の奇形児が作った、ルーン語で書かれた預言書を見せてもらいます。 ジョシュは写真を撮っていいか尋ねますが、もちろん断られてしまいました。 一方マークは、昨日亡くなったおじいさんとおばあさんの灰が埋葬された古木に放尿し、村の人々に怒られます。 そのあと前々から彼に目配せをしていた女性にどこかへ連れて行かれてしまいます。 その夜、ジョシュはこっそり預言書を撮影しようとしていました。 しかし背後から殺されたマークの皮を被った裸の男が忍び寄り、ジョシュも殺されてしまいます。 ダニはハイになる飲み物を飲まされ、村の女性たちと共に、その年のメイクイーンを決める大会に参加します。 メイポールの周りをぐるぐると回り、最後まで立っていた女性がメイクイーンとなるのです。 踊っている途中に飲み物の影響か、スウェーデン語を話せるようになるダニ。 彼女は最後まで踊り続け、メイクイーンに選ばれます。 その頃クリスチャンは村人からペレの妹、マヤとセックスをして欲しいと頼まれていました。 狭い村はこうして外部の血を時折受け入れているのです。 ドラッグを飲まされクリスチャンが連れて行かれた部屋には、裸のマヤと様々な年齢の女性たちが。 マヤが喘ぐと女性たちも真似をする異様な光景が繰り広げられます。 その頃、五穀豊穣の祈りが終わったダニは、クリスチャンのことが気になり、建物を覗いて情事を知ってしまいます。 ダニが泣き叫ぶと女性たちも真似をするのでした。 ことが終わって部屋から逃げ出したクリスチャンは、慌てて入った鶏小屋でサイモンの死体を目撃します。 そこで長老たちに見つかり、気絶させられてしまいました。 クリスチャンは「あなたは喋れないし動けない、けれど大丈夫よ」という声で目を覚まします。 壇上には鮮やかな花で覆われたダニの姿が。 村人は悪を一掃するために9人の生贄を捧げることを宣言します。 最初の4人の犠牲者はジョシュ、マーク、コニー、サイモン。 残りの4人は長老2人、ペレの従兄弟、もう1人の村人。 最後の犠牲者としてダニはクリスチャンを選びます。 そしてペレを新しい預言者として讃えます。 まだ麻痺したままのクリスチャンは解体した熊の体の中に入れられ、他の生贄たちと共に黄色いピラミッドの形をした寺院に連れて行かれました。 火がつけられあっという間に燃えていく寺院。 儀式を祝うため村人たちは泣き叫ぶ演技をし始めます。 呆然と眺めていたダニでしたが、いつしか顔には笑みが浮かんでいました。 グロテスクな描写もかなりのもので、身を投げるおじいさんおばあさんの潰れた顔が大写しになったり、ジョシュやマークの惨殺死体であったり、最後の火あぶりなど目を覆いたくなるシーンも多数。 しかし本作の 本当に恐ろしいポイントはトラウマや死を思い起こさせ、ダニと一緒に観客を巻き込んでパニックに陥らせる様な心理描写です。 スウェーデンに行くことを知らされて責める時、破局の危機にあることを知っている彼の友人たちと会う時の気まずい状況…。 冒頭から一気に暗澹たる空気が立ち込め、そして問題の村ハルガへ。 夏至祭の会場へたどり着く前に一行は休憩しドラッグを試すのですが、ダニのバッド・トリップの描写も陰鬱なものです。 トラウマが脳を支配し、皆が自分を笑っているような強迫観念にかられる。 加えて舞台は夏至祭、一日中太陽が照りつけ、夜の闇に隠れることも許しません。 惨たらしいことも恐ろしいことも何もかもが曝け出されて、直面しなければいけないのです。 スウェーデン出身の映画監督、 イングマール・ベルイマンの作品『叫びとささやき』 1972 の系譜を引く美しくも恐ろしい不穏、叫び声と沈黙のコントラスト。 画面の外で起こっている出来事と自らの心の不安定さがますます揺さぶりをかけ追い詰める。 ですから、心身疲れている時の鑑賞は決しておすすめできません。 「どこにも逃げ場はない」「何もかも明らかにされる」「一番恐れていることと対峙しなければならない」そう思わせる力を持ったホラー映画となっています。 しかし彼女はラストシーンにて、生贄となり燃え盛る友人たちの死体やボーイフレンドのクリスチャンを見てにんまりと微笑んでみせます。 なぜ彼女は満ち足りたようなあの笑みを浮かべたのか。 ダニという女性はハルガの村全体と大きく呼応しています。 実は映画の序盤から、後々にダニやクリスチャンたちが訪れることになるハルガの街の符号となるシンボルが多々登場しているのです。 ダニの部屋に飾ってあるのは大きなクマと小さな女の子が何とも印象的な絵で、これは童話集や神話、民話、タロットカードなどの挿絵を多く手がけたスウェーデンの画家ヨン・バウエルによる作品。 白い衣服で軽やかに舞い踊る乙女たちが同じく登場する『ピクニック at ハンギング・ロック』 1975 やロマン・ポランスキー監督作品『テス』 1979 を想起させる、ホラー映画とは思えないほどファンタジックで可愛らしいビジュアルを持つ『Midsommar』は、この ヨン・バウエル作品の登場によって一層おとぎ話めいたものに昇華されます。 外は雪が降っていますがダニの部屋は植物が至る所に置かれていて対照的です。 村の入り口にたどり着き、ドラッグでトリップした時には植物が自分の手から生え、木々が人間のように脈打つ幻覚を見ます。 植物だけではありません。 メイクイーンを決める踊りの最中、隣の女性とスウェーデン語で突然会話できるようになります。 そしてダニが悲しみと怒りで泣き叫べば周囲の女性たちも彼女にならい、感情を高ぶらせて爆発させる行為を共にするのです。 そして最後、クリスチャンとの完璧な別れを決意したダニの思いを代行するかのように、村人たちは文字どおり彼自体を燃やし尽くしてくれます。 おとぎ話の王女のように、喪失や悲しみを乗り越えて本当の家族、本当の居場所を見つけることができるのです。 それが夏至祭で文字どおり、何もかも白日の下に晒されたことにより 衝撃的な形ですが 過去となってしまった恋から脱出することができたのです。 ダニの 最後の笑みは恐ろしくも、全編の中で最も爽快感あるワンシーンです。 トラウマや抑圧からの解放を描きながら、 カップルの破局話を民俗ホラーとして仕立て上げたアリ・アスター監督の手腕を堪能できる『Midsommar』。 疲労や不安に襲われること間違いなし、それでも思わず笑ってしまうこと間違いなし…。 その美しい牧歌的な風景と凄惨な絵面が脳裏を蝕んでやまない、 『Midsommar』は新たなホラー映画の名作として語られるに違いありません。 『Midsommar』は 日本では邦題『ミッドサマー』として、2020年2月に公開予定です。

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ミッドサマーあらすじネタバレ!結末ラストで彼氏を火あぶりの刑?

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ミッドサマーを見ました。 本当はミッドソマーです。 簡単に説明すると 大学生がのカルト村で血祭りにされる話です。 個人的にはグロテスクなのが苦手ならば、これを読んで見に行くか決めていいと思います。 ストーリーはある意味よくあるホラー映画ですが、 この映画は 見るカルチャーショックです。 何人かの方がなどで言っていますが、私も二日ぐらい恐怖に囚われたままでした。 精神的に不安定な方は本当に見ないほうがいいです。 しかも2時間45分もあります。 鑑賞中、家に帰りたくなる映画はこれがはじめてでした。 個人の感想ですが ミッドソマーのネタバレを書いた理由は単に誰もやっていなかったからだけではなくて、一種の注意喚起なんです。 海外のファンが「自殺志願者の後押しになりそうな映画。 多分日本で公開されても、そういう事は言わないでしょうから。 特に最近身内に不幸があった方には精神的にきます。 個人的には映画の内容的にも あえて間違ったように(実際の発音とは違うように読んでしまう)しているのかな?とも思います。 もっと適当に詳しく説明 (普通にえげつない描写があるので注意) カの大学生、主人公のダニ(Dani)はを患う妹からの自殺未遂にめちゃ困った生活を送っていて、それにより彼女自身も不安障害的なものを患っています。 ダニの彼氏のクリスチャン(Christian)はメンヘラ彼女うぜーと言って友達3人に相談します。 ちなみにこいつら全員人類学の博士課程にいます。 男友達が「別れろよw」的なことを言っているときに、ダニからクリスチャンに電話が来ます。 妹がとうとう両親を殺したうえで自殺してしまったのでした。 電話の向こうでめちゃくちゃ大泣きしているダニと別れるわけにもいかないクリスチャンは関係を続けることにします。 クリスチャンの友達にはマーク、ジョシュ、ペレという3人がいるのですがペレがの村出身で、90年に一度のお祭りがあるから来なよ~と誘ってきます。 そうです、これがタイトルにもなっているMidsommar、祭です。 ジョシュは特に論文がこの村&祭テーマなので研究も兼ねています。 クリスチャンはダニに言わないでいたのですが、色々あってバレます。 ダニは「なんで私に言わないの?!」とキレます。 仕方ないのでクリスチャンは勝手にダニを誘い、合計5人で行くことになります。 長いのでとりあえず顔を覚えてください。 左からダニ、クリスチャン、ジョシュ、マーク 引用:Midsommar公式インスタグラム ペレの村の手前に着きました。 を勧められて5人はハイになります。 ペレの弟が英国人のルを同じように連れてきていました。 コニーとサイモンです。 全員揃ったところで山のなかをひたすら歩き、村に到着します。 まあ初日はペレの妹、マヤ(Maja や他の村の人に会ったり。 祭りの始まりじゃーという掛け声を聞いたりします。 特にここまではあんま怖いシーンはないです。 マヤも重要なキャラです。 その日はダニの誕生日だったのですが、ペレしか覚えておらず彼はダニの似顔絵をプレゼントします。 クリスチャンはペレに言われて思い出し、そのあと一切れのケーキをプレゼントします。 二日目になりました。 ここの村の人は全員でご飯を食べるというとてもマナーがいい生活をしています。 基本その食事の席で一番偉い人がご飯を食べ始めたらみんながドミノのように次々と食事を開始するのですが、 その日はおじいさんとおばあさんが最初に出てきて、いただきますの音頭をとります。 そして食べ終わったらどこかに連れていかれます。 マークを除いた5人と村人は村からちょっと移動したところに行きます。 マークは昼寝をすると言い、宿舎に戻りました。 さっきのおばあさんとおじいさんが崖の上で儀式をはじめます。 付き人が二人の手のひらをナイフで切ります。 そしてその手のひらを石碑的なものになすりつけ、血を付けます。 うわあ~とか思っている間におばあさんが崖の上で両腕を上げて、飛び降ります。 そして顔が豆腐のようにぐしゃっとなり、ダニたち観光客はパニックになります。 ただクリスチャンとジョシュは人類学専攻なので文化に許容的なのか、割と冷静です。 こえーよ。 次はおじいさんの番です。 コニーとサイモンは人類学とか勉強しているわけでもない、普通の大学生なので必死で止めようとしますが、お構いなしにおじいさんも落ちます。 ただ足から墜落したせいで、即死に至らず、足がバキバキになったまま生きています。 苦しんでいるおじいさんを見て村人たちが同じように苦しみ始めます。 するとバカでかいハンマーを持った村人が来て、おじいさんの顔をつぶします。 割と何回か潰します。 明らかに一回で十分だと思いますが…… 村人たちはコニーたちに老衰で苦しんで死ぬよりも自ら死を選ぶことで名誉を守るのだ、この村の慣習なんだと説明をします。 それを見てダニは帰りたがるのですが、ジョシュの論文のためにここに残ることになります。 ペレはダニに家族の死がストレスになっているんだね、僕の親も焼死したんだと慰め、本当にクリスチャンがダニのためになっているのかと聞きます。 その夜ダニはクリスチャン達に村に置いて行かれる夢をみます。 次の日、コニーとサイモンは帰ることになりました。 しかしコニーがサイモンが居ない!と慌てているのをダニが見つけます。 村人はサイモンは先に車に乗って駅に向かったと言いますが、コニーはサイモンがそんなことするはずがない!と怒ります。 そしてコニーも村を出ます。 昨日見たことによりクリスチャンはこの村の事を論文のテーマにすることに決めます。 ジョシュはふざけんじゃねえとキレますが、ペレも間に入ってなあなあな感じでとりあえずクリスチャンのテーマがこの村に決まります。 ペレは村の長老たちに二人がこの村の事を書いていいか聞くと伝えます。 その後、ジョシュは教会的な建物の中で、で書かれた本を読ませてもらいます。 司祭的な感じの人はルーベンという名前の奇形児がとしてこの本をつくるのだと説明します。 ジョシュはルーベンが近親相姦で出来た子供だと知ります。 そして写真を撮っていいか聞きますが、勿論「ダメです」と断られます。 一方、外では一昨日のおじいちゃんおばあちゃんの死体は焼かれて、村人たちはその灰を村のちょっと奥まった森の手前にある横たわっている古木にかけています。 しかしそこにマークはまさかの立ちションをするのでした。 それを見つけた一人のおじさん村人はめちゃくちゃ怒ります。 当たり前です。 「ご先祖様が……」と泣け叫びます。 ペレはこれはご先祖様のお墓なんだよと説明しますが、マークは「は??知らなかったし!」とナメた事を言います。 ただマークは怒り狂ったおじさんを見て「俺、殺されないよな?」と笑います。 その後、ペレはクリスチャンとジョシュに村の人が二人がこの村を題材にすることを場所と村の名前を書かないことを条件に許可してくれたと伝えます。 クリスチャンは早速、老いた村人にこの村はぶっちゃけ近親相姦で成り立っているのか聞きます。 回答は大体の場合外部の血を受け入れているというものでした。 昼食の時間になりました。 クリスチャンはパイの中に陰毛を見つけます。 よく見ると彼のレモネード的なものだけ黄色ではなくオレンジ色なのですが、誰もそれに気づかず(気づけよ)クリスチャンは飲み干します。 それをマヤがガン見しています。 明らかに彼女のブツです。 要はこの村の愛の媚薬的な、お誘い的なものなんですね。 そうしたら今度は他の女の子がマークの元へ来て、ちょっとこっちに来てくれない?と聞きます。 この子は割と前半の時からマークとしょっちゅう目が合っていたので、マークはついていきます。 普通に考えたらヤバいだろと思うのですが、まあその通りそれ以降マークは行方不明になります。 その夜、ジョシュはさっきの教会に忍び込み、本の写真を撮り始めます。 ふと気が付くとドアのところにマークが立っているのに気づきます。 ジョシュは「おい!マーク、何してるんだよ。 俺たちはここに本当はいちゃいけないんだぞ!」と言います。 しかしマークは何も言いません。 なんとその立っている人はマークを殺して顔の皮を剥いで、それを被った村人だったのでした。 ジョシュはそのままハンマーでぶったたかれ気絶してどこかへ引きずられていきました。 次の朝、朝食の終わりに村人が「昨夜、ルーベンの本が盗まれました。 」と皆に告げます。 村人たちは当たり前ですが、ダニ達を疑っています。 そのあとダニは村の女の子たちに誘われダンスコンテストに出場します。 ールの周りでぐるぐると踊り、最後まで立っていた女の子がその年のメイクイーン May になるのです。 ダニと村の女の子達は踊っている間に語が話せるようになります。 コンテストの前に飲んだドラッグ入りのお茶の影響なのですが、ダニは「心から通じ合った」という感覚を得ます。 その時、最後の女の子が倒れ、ダニはその年のメイクイーンになったのでした。 彼女は村人から祝福され、写真を撮った後に人力の馬車に乗って、五穀豊穣の祈るために畑に連れていかれます。 一方そのころクリスチャンは村人からマヤと(村の法則に乗っ取ると)相性が良いため彼女の処女をもらってほしいと頼まれます。 村人たちはクリスチャンにドラッグを飲ませ、建物へ連れていきます。 その中にはマヤが裸で大量の花の上に寝そべり、その周りを何人もの裸の女性が年齢順で並んでいます。 クリスチャンとマヤがセックスをはじめると、マヤの喘ぎ声を女たちがマネをします。 ダニは役目を終えて帰ってきたのですが、その建物から聞こえる声を聞き、直感的に近づいていきます。 女の子たちはダニを止めますが、ダニはそのまま扉に向かい、隙間からクリスチャンがマヤとセックスをしているのを見て、パニックに陥ります。 ダニはそのまま宿舎で泣き崩れ、それをついてきた村の女の子たちがマネをし、一緒に涙を流し始めたのでした。 行為が終わったクリスチャンはハッと自分のしている事の異常さに気づき、裸のまま村を逃げ回ります。 見つけた鶏小屋の中ではサイモンが背中の皮膚を開かれ肺が引きずりだされたまま(しかもまだ動いている)、そして目には黄色い花を刺されて、吊るされているのを発見します。 すると後ろから村人たちが忍び寄り、クリスチャンに薬の粉を投げかけ気絶させます。 クリスチャンは「貴方は動けないし、喋れない、でも大丈夫よ」との声とともに目を覚まします。 彼は車椅子の上に座ったまま、ダニが祭壇で花に囲まれているのを見ます。 老いた村人がくじで一人の村人を選び、ダニにクリスチャンかその男、どちらを生贄にするか?と聞きます。 このお祭りには9人の生贄が必要なので、老人は足りない2人の分のボランティアを村人から募り、ペレの弟と若い男が志願します。 そしてペレを「新しい」として称えます。 クリスチャンは解体された熊の毛皮を着せられ、黄色い三角形型の建物の中で座らせられます。 ペレたちはサイモン、コニー、ジョシュ、マークたちの死体をどんどん黄色い建物の中に配置していきます。 最後にボランティアの2人に祭司が「痛みを感じないように」「恐れを感じないように」と舌に薬を塗り、建物に火をつけます。 クリスチャンは身動きもとれず、目を開けたまま火に包まれます。 ボランティア達は恐怖と痛みで泣け叫び、それを外で見ている村人たちが苦しむ演技を始めます。 ダニも最初は村人とともに泣きますが、最後に一人、燃え盛る建物を見つめ、微笑みます。 終わり どうでしょうか。 本当に全部書いたらとんでもない長文になってしまいました。 怖そうですよね?怖いです。 ただこの監督、次はコメディが撮りたい(?!)とか言っている通り、微妙に笑えるシーンもあります。 そもそも既に販売されているグッズが檻に閉じ込められた熊(最後にクリスチャンが着せられるやつ)の置物なんですが、公式CMがこれです。 ちょっと頭おかしい.

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